[第二章開幕!]竟芥フォーリナー~最強魔族は魔王城から家出する!~

野良黒 卜斎

魔塵族脱走編

序曲

魔塵まじん族、そう呼ばれている種族がある。

魔塵族は魔王の血と穢れた塵から産まれた最凶部族である。

彼らはたったの21体しかいないが、5000年以上多くの生命を危機へと晒してきた。 

魔塵族が住む魔王領域・バシーニードには赤い空、赤い大地、赤い雲などまるで血を撒いたかのような光景がそこには広がっている。そこでは命の息吹きを感じることなどできない。

バシーニードの中央に位置する場所には魔王と魔塵族が住む黒き城、魔王城がある。


「おいで、魔塵族こどもたち


魔王城の玉座ーそこには絹のような短い黒髪と黒曜石のような瞳をもつ男が静かに座っていた。光を吸いとってしまいそうなほど黒い目は長い前髪で片方はほぼ隠れているが髪の間から見える威圧は消えることはない。

瞳だけではない。身体からその佇まいまでもが思わずおもてを下げてしまうほどの気を放っている。

そう、この男が魔塵族の主であり父、魔王なのである。

魔王が口を開くと、コツリコツリと足音が玉座の間へと響く。

現れたのは21、ではなく17体の魔塵族である。17体の魔塵族は魔王の前まで歩みを進めると片方の膝をつき、こうべを垂れた。その姿ははたから見ると人間、鳥人、獣人であるが皆その顔には牙の形をした模様ー魔線がある。魔線は魔塵族としての証であり、象徴でもある。

頭を垂れたと同時に人間の姿をした紺色のドレスに身を包んだ若い女が話し出す。


「魔塵族 人間形にんげんがた、怠惰 アドリム・ルリネット、

色欲 エリセ・アズールライト、

暴食 アスベル・ダースマン、

憤怒 グロム・アグラマス、

傲慢 クレス・アーデル、

嫉妬 アラクネ・アリアドネス、計6名御身の前に」


若い女ーアドリムが言ったあと漆黒の鎧を身に纏った老いを感じる鳥人の男が話し出す。


「魔塵族 鳥人形ちょうじんがた、暴食 アルスバーン・ギルロス、

怠惰 カガリ・アラカミ、

憤怒 ローラン・アルパトラ、

強欲 アラン・エレイヴ、計4名御身の前に」


そして鳥人の男ーアルスバーンが言い終わると金髪に獅子の耳、尻尾のある若い男が話す。


「魔塵族 獣人形じゅうじんがた、憤怒 ルキシオ・アグネス、

強欲 アネモナ・ビターキャンデ、

傲慢 マーニャ・アズベリー、

怠惰 エルマ・アメスアメル、

嫉妬 アズリア・スタークス、

暴食 マカロン・アネット、

色欲 スカーレット・アルベマーズ、計7名御身の前にぃ」


若い男ールキシオが言い終わると魔王は頭を垂れている自らの子供達を交互に見続けて、頭をあげるように指示する。

彼らは皆、同じ牙のような形をした模様が顔に描かれていた。


「おはよう、愛しい子供達。よく寝れたかい」


「ええ、昨日お父様のことを考えながら眠りに落ちました。とても幸せな時間でしたわ」


人間形の色欲の魔塵・エリセが恥ずかしそうに頭に結んだ二つ結びの流れる髪に触るとその様子に魔王は微笑んだ。


「それはうれしいな、私も君達のことを考えながら眠ったよ」


頬を染めたエリセにそう答えると黒い鷹の鳥人ーアルスバーンの方へと魔王は顔を向ける。


「今日も嫉妬の魔塵リゼッタは部屋にいるのかい?」


鳥人型の嫉妬の魔塵の少女、リゼッタのことを問われた暴食の魔塵・アルスバーンは首を横に振る。


「はい。連れていきたかったのですが……」


「何、いつものことだよ。ところで色欲の魔塵アロマロッテは見つかったかい? 」


「……いえ、今だに消息を掴めていません」


「なんですって!? 」


アルスバーンの言葉に魔王をみてうっとりとしていたエリセが声を荒げて、立ち上がる。


「まだ捕まえていないんですか!? 消息さえ掴めてないなんて! それにあの鳥女はまたお父様の前に姿を見せないだなんてどういうことなんですか! 」


アルスバーンに向けて言葉を放つエリセをアルスバーンはちらりと目を向けただけで気にしている様子ではなかった。

二人の容姿を見てもエリセはまだ10代後半ぐらいの少女であり、アルスバーンはその5倍以上の年を重ねた老人であるためエリセよりも余裕のある佇まいである。


「エリセ、静かに」


魔王の優しい声が聞こえるとエリセはピクリと震え、まだ言いたいことがあるであろうがさっきまで世話しなく動いていた口を閉じた。


「アドリム、君のところはどうだい? 」


魔王は次にアドリムを方をみて尋ねる。


「わたくしの方もまだ見つかってないんですの。跡さえ残さずに消えてしまったものだから見つけるのが困難なんです」


そう言うとアドリムは視線だけをエリセに向ける。


「だから鳥人の子達にわたくし達はどうこう言えないのよ、エリセ」


その言葉にエリセは苦虫を噛み潰したような顔をしてなにも言わず下をむいた。


「そうか、強欲の魔塵レイもまだ行方知らずなんだね」


魔王は悲しそうな顔をするとアドリムとアルスバーンを交互見て微笑んだ。


「二人ともありがとう、また何か分かったら教えてくれ」


「御意」


「了解しましたわ」


魔王は二人からの返事に満足そうに笑う。


「それじゃあ、これで解散といこうか。カガリが眠そうだ」


鳥人の怠惰の魔塵─カガリが魔王の前だというのにこくりこくりと船を漕いでいる。それをみたエリセがまた声をあげようとしたが、隣にいた同族に止められた。


「困った子だなぁ。それではこれで解散としよう。


 愛してるよ、子供達」


そう言うと魔王は玉座の後ろにある扉を開け、自室へと入っていった。

それを見届けた魔塵族達も各々玉座の間から退出していく。

だが、人間形の暴食の魔塵─アスベルが鳥人形の憤怒の魔塵─ローランと獣人形の怠惰の魔塵─エルマを呼び止めた。

その顔は少し微笑んでいる。その声にアドリムとアルスバーンもぴくりと反応する。


「ローラン、エルマ。ちょっといいかな」


「ああ、大丈夫だ」


「なに?」


他の魔塵達はよくこの三人が一緒にいるところを目撃していた。たわいもない話で盛り上がり、楽しそうにしているところを多く見てきていた。

そしてその違和感に気づいている者は少なかった。


いつもと同じ日々。それは誰かにとっての幸せであり、誰かにとっての苦痛であるのだ。


・ ・ ・


何者かによって門が開かれた。


・ ・ ・


重く黒い巨大な門。それはここバシーニードと様々な大陸を繋ぐ架け橋であり、安易に開くことがない絶壁であった。


それはすぐにエリセの耳に届く。


「どういうこと! 一体誰が! 」


門が開かれることはありえないことだった。なぜなら門を開けるための鍵は魔王自身が所持しているからだ。

しかしエリセは魔王を疑ったりなどしなかった。

魔王がそのようなことをすることはできないと分かっていたからだ。

そして誰が門を開けたかを考えた。だが、答えはすぐにでた。


「あの三人ね……」


しかしエリセは魔王にそれを報告することができなかった。

三人はそこをついたのだろう。

悔しそうにエリセは拳を握りしめた。


開かれた門はスタート地点となる。

今まで閉じ込められていた籠からの脱出だった。

地面を踏めば砂ぼこりが舞うほどの乾いた世界、それがバシーニードだ。命の欠片もないこの場所からでれば彼らの違う日々が始まるのである。


「行こう、二人とも」


暴食の魔塵─アスベルの声に二人の魔塵は頷いて答える。

そして自分の背の何十倍もある門を三人は見つめた。

門を見つめたあとエルマは門へと向かっていく。それにローランも続いていった。

しかし、アスベルは進まずに後ろにある魔王城をみるために振り返る。黒いその存在を目にしただけで四千年間の思い出が蘇ってきたが、三人はそれを必死に掻き消した。


「さようなら、魔王父さん……」


アスベルは誰に言ったわけでもなく、そう呟く。

そして三人は門の外へと足を踏み入れた。今まで手にすることのできなかった自由を手にいれるために。

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