第27話
「暗いな……」
「スケルトンは撤退しちゃいましたからね。この松明が消えたらもっと暗くなりますよ」
「なら、早いとこ探索を終えないといけないな」
スケルトンの洞窟は、何十もの部屋が廊下で結ばれた構造になっていた。どの部屋も似たものが置かれているだけで、特徴的なものは何もない。
そのうえ明かりは松明だけで、スケルトンの手入れがなされていないからか、徐々に光が弱くなっている。迷いかねない場所だった。
ふと、イーサンが前方に向けると、松明に照らされた誰かの影を見つけた。
「エリス」
名前を呼ばれたエリスは振り返り、その目にイーサンとミーアの姿を映す。
初めは驚いたように目を見開いていたが、ゆっくりと口元が緩んだ。
彼女の安堵にイーサンも微笑を浮かべる。
「もう動いて大丈夫なの?」
「おかげさまでな。俺のために残ってくれたんだって、ミーアから聞いたぞ」
「そうよ。大切な同郷なんだもの。心配するのは当然のことじゃない」
「そうか」
どこか言い訳じみた理論を並べ立ててそっぽを向くエリスに、イーサンは微苦笑する。
エリスから視線を外すと彼女の横にテーブルが置いてあった。
その上には何かの本が置かれている。
「その本、なんだ?」
指をさして質問するイーサンに、エリスは首を横に振る。
「私の気になったけど、分からない。スケルトンの持ち物だと思うわ。たくさんの名前が書かれているみたいだけど、いまいちはっきりしないの」
イーサンは本を手に取り、適当にページをめくっていく。
誰かの手書きがびっしりと掛かれており、どれも人命であることは間違いなかった。だが、知らない名前だらけだ。
「なにかわかりました?」
ミーアが興味深そうにイーサンの隣から本を見るものの、すぐに唸り声を上げて思考の袋小路に囚われてしまった。どうやらわからないらしい。
「エクエスが言ってたのって、これか?」
イーサンは独り言を呟く。
この本が何を意味しているのかさっぱり分からない。
その疑問は、一人の名前で解消された。
「ティナ……」
「ティナって、いきなりどうしたの?」
突然出てきたイーサンの初恋の相手の名前に、エリスが首をかしげる。
ミーアも発言の意味が分からないらしく、不思議そうに本を見つめているだけだった。
イーサンが開いたページの中。その隅の部分に『ティナ・クルーシャ』という名前が書かれていた。
根拠がない想像が繋がり、やがてイーサンの中で一本の線となる。
「これは紫鎧のスケルトンの持ち物だ」
「こんな古臭い本が?」
「私も魔帝の配下の持つ本には思えないんですけど……」
表紙が擦り切れた本を見ながら、エリスとミーアは苦言を呈する。
だが、イーサンは信じて疑わなかった。
「ここに掛かれているのは、おそらく紫鎧のスケルトンに殺された人間の名前だ」
「イーサンはどうしてそう思うの?」
「なんとなくだ」
不思議そうに眉を寄せているエリスにイーサンは少し頬を緩める。
あの騎士は見境なく人を殺すような魔物ではないのだ。
魔帝の命令で仕方なく殺しただけ。だが、殺してしまった事実が変わることはない。
騎士として、恨みの相手以外を手に掛けることは本望ではなかった。
だから、せめてもの償いとして、エクエスはこの本に死者の名前を残し、自分だけでも死者のことを忘れないようにしていたのだろう。
魔帝の配下になっても、心までは堕ちていなかったのだ。
憎かった敵のはずなのに、どこか同情できてしまう自分がいる。
イーサンは本をポケットにしまうと、エリスとミーアの方に向き直った。
「今日はメアリー奪還とスケルトン撃退の祝いだな。今すぐギルドに帰るぞ」
「わかった。私が先に戻って伝えておくわ。あなたはミーアちゃんとゆっくり来なさい」
「別にそんなことしなくても……」
「ゆっくり来なさい」
エリスの目から放たれる圧力に、イーサンは無言で頷くしかなかった。
やがて足跡は遠ざかり、イーサンとミーアが洞窟に残される。
「私たちも帰りましょうか」
「そうだな」
二人はゆっくりと洞窟の外へと向かった。
スケルトンの根城から出ると、陽はすっかり落ちていた。
星明りが夜空を照らしているおかげで視界は確保されている。あたりに魔物の姿は見えない。
息の詰まる場所から出て、イーサンは大きく背伸びをして深呼吸。溜まっていた疲れが一気に出ていくような気がした。
イーサンの隣、ミーアも両手を上げて「うーん」と体を伸ばす。
「紫鎧のスケルトン……エクエスは逃がしちゃいましたけど、これからはどうしますか?」
「そうだな……とりあえずメルコポートに帰って、あいつの情報収集からだな。今度は絶対逃がさねえ。力づくにでも倒してやる」
「やる気一杯ですね」
イーサンの力強い宣言にミーアは微笑んだ。
だが、その顔が突如として暗転する。
「あの、もしもイーサンが旅に出たとき、私はどうすれば……」
か細いような、消え入りそうな声で呟くミーアを見て、イーサンはふと思い出した。
「そういえば、ミーアは宿暮らしの冒険者だったな」
「実はお金も持ってなくて……」
「ああ……」
出会ったときにそう言っていた気がする。
とっくの昔に忘れていた問題が出てきて、イーサンは頭を掻く。ミーアをメルコポートに案内したのは自分なのだから、最後まで責任を果たさなければ筋が通らない。
何度も考えて、やっと浮かんだ苦肉の策に口を歪める。
「俺の金で何とか……」
そこまで言いかけたところに、ミーアが割り込んできた。
「あの! よければ私も冒険に連れていってください!」
顔を赤らめてミーアは大声を張る。俯いて杖を握りしめているあたり、彼女の本気が伝わってきた。
小刻みに肩が震えている。緊張しているようだった。
年頃の女の子の気持ちを察せないほどイーサンも落ちぶれていない。だが、ミーアが望むのは地獄へとつながるかもしれない道だ。
「俺と一緒に来たら死ぬかもしれないぞ」
「さっき一度死んだから大丈夫です」
「笑えない冗談だ」
イーサンとミーアは顔を見合わせ、お互いに笑いかける。こんなに甘ったるい時間はいつ以来だろうか。
ミーアとティナの姿が重なって、自然と涙を誘われる。
イーサンは涙を誤魔化すようにミーアから背を向けると、自分の頬を思いっきり張った。
「よし! 今日はギルドのパーティーに参加して、明日から情報収集だ!」
「私も手伝います」
ミーアも嬉しそうにそう言った。
月明りに照らされた帰り道を、二人は並んで歩いていく。
久しぶりにいい夢が見られそうだ。そんな予感がイーサンの中にあった。
無敗のギルドマスター 天音鈴 @amanesuzu
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