第25話
ミーアはあまりにも無力だった。
「……すごい」
しかし悔しさを感じることはなく、知らないうちに口から感想が漏れる。
それほど目の前の戦いは美しかった。
「どんな理由があろうと、お前のことは許さない!」
イーサンの叫び声と共に、太陽の光で輝く白の大剣がエクエスの胴体を薙ぐ。
「私も、魔帝の敵である貴様を許しはしない」
エクエスは闇に染まった黒い剣を以てイーサンの一撃を相殺した。
白の奔流が荒れ狂い、黒も飲み込まれまいとその存在を大きくする。光と影がぶつかり合い、世界の法則を歪ませる。
大剣を振りかぶったイーサンが跳躍し、エクエスの頭上から兜に斬りかかった。
「――ッ!」
話をする余裕もなかったのか、エクエスはイーサンの大剣を己の剣の腹で受け止める。
甲高い金属音が森中に響いた。
イーサンは地面に降り立つと、そのままの勢いで蹴りを繰り出す。エクエスの足元を狙ったが、鎧に覆われていたせいでエクエスには効かなかった。
再び、イーサンとエクエスは同時に相手へと飛び掛かる。
「はあっ!」
「食らえ!」
二振りの剣が交錯し、お互いを鍔がぶつかり合う。そのまま膠着状態へともつれ込んだ。
「……私たちに就けば幸せになれたものを」
「人の幸せを奪った復讐は御免だ!」
イーサンの掛け声と共に二人はもう一度距離を取り直した。
そしてすぐに武器を構え直し、殺すべき相手に向けて純粋な殺意をその目に宿す。
お互いに一歩も引かない戦いがそこにあった。
「そろそろ終わりにしようか」
気が遠くなるほどに続いた戦いの中、エクエスがそう切り出した。
声に嘘を言っている気配は無く、むしろ本当に終わらせるという迫力があった。
「できるものならやってみろ」
全身に傷を負いながらイーサンは挑発気味にそう言った。
ミーアが見る限り、今のところは五分五分といった感じだ。
イーサンにも決定だがないし、エクエスにもない。
どちらも同じ程度に傷ついているので、決着は気力の問題だとミーアは思っていた。
エクエスは剣を地面に垂直になるように構えると、小さな声で何かを念じる。
――途端、剣に込められた負の感情が一気に増大した。
周囲の色を飲み込みながら、エクエスの剣は闇より黒くなる。この世の全てを否定するような、凶悪な力が宿っているようだった。
おぞましい、しかし圧倒的な力の前にミーアの思考が固まってしまう。
「この力はあまり好きではないのだが……貴様には敬意を込めてこの一撃を送ろう」
「真っ黒な感情なんてこっちからお断りだ!」
強情に言い張るイーサンだったが、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
よく見れば剣を持つ手もかじかむように震えている。
幾多もの修羅場を潜り抜けてきたイーサンでも、本能からくる恐怖には逆らえないのだ。
「……行くぞ」
エクエスは腰を落とし、稲妻の速さで斬りかかる。
イーサンは正面から受け止めるために大剣の腹を日の下に晒す。剣を防ぐつもりでいるようだった。
このままいけば防げるだろう。だが、何かがおかしい。
そんな心配はミーアの心の中で浮き沈みしていた。
エクエスが距離を詰め、大剣の存在など無視するかのように、全力の速度でイーサンに斬りかかる。
――次の瞬間、ミーアはイーサンの前にいた。
大剣とイーサンの身体の間に割り込んだ少女に戦っていた二人は目を瞠るが、どちらも攻撃も防御も止めることが出来ない。
まるで影であるかのようにエクエスの剣は大剣をすり抜けてミーアの背中を袈裟斬りにした。
「カハッ!」
ミーアの口から、背中から大量の鮮血が飛沫となって宙を舞う。
世界が白黒に点滅し、急に襲い来る眠気に負けそうになりながらも、ミーアは最期の力を振り絞ってイーサンの胸に寄りかかった。
「よかった……」
目の前で何が起きたのか、イーサンにはわからなかった。
ただわかることは、腕の中で少女が意識を失っていることだけ。
「ミーア?」
優しく呼びかけるが、返事はおろか、動く気配すら見せない。徐々に身体が冷えてきているような気がする。
「……」
イーサンの視界に映るエクエスは立ち尽くしたままだ。声も出さず、斬りかかってしまったミーアの背中をじっと見つめている。
兜の奥に込められている感情はわからなかった。
「おい、起きろ。起きろよ!」
イーサンが体を揺すっても、虚しく血が流れていくだけ。
どこか儚げな笑みを浮かべて眠っているミーアだが、その瞼は開きそうにない。
「嘘……だろ?」
「すまなかった」
「すまなかったで済む問題じゃないだろ! お前は騎士じゃなかったのか⁉ ろくに戦えないミーアを殺すなんてどういうつもりだ!」
「……」
エクエスに怒鳴りつけても何の意味もないことぐらい、イーサンもわかっている。
やり場のない感情が怒りとなって、理不尽な言葉となって、イーサンの口からあふれ出ていく。彼に残ったのは涙だけ。
冷静に考えれば、イーサンを庇おうとしたミーアの自業自得であることはわかっている。
エクエスも少女を斬るつもりなど微塵もないことぐらい、今までの騎士としての行動を見ていればはっきりとわかる。
それでも、死にゆくミーアの顔がティナに似ている気がして、無尽蔵に感情が湧き上がってくる。
「お前だけは……許さねぇ!」
燃え盛る激情に身を任せ、イーサンはミーアの身体を横たえて大剣を取る。
疲れなど微塵も感じない。己の中にあるのは純粋な闘志のみ。
脳天を叩き割る攻撃に、エクエスは終始無言だった。ただ、影の剣を掲げて防御に専念する。
イーサンの大剣と音もなく激突する。
速度が殺され、やがて無力となった大剣にイーサンは舌打ちした。
「舐めてるのか?」
「……」
手練れの騎士ならば余裕で反撃できるはずだ。
しかしエクエスは何の反応も見せず、大剣を真正面から受け止めているだけ。
イーサンの挑発的な態度にも乗ることなく、ただ目の前の相手をじっと見つめている。
まるで戦意を失ってしまったかのような態度が火に油となった。
「おい、俺を舐めてるのか? 魔帝の配下なら女子供を何十、何百と殺してきただろ! 今更一人殺したぐらいで動揺するのか?」
「……そうではない」
「なら何か言ってみろよ!」
喉の奥から絞り出す声でエクエスは答えた。だが、それはイーサンにとって満足のいく回答ではなくて、より感情的になる結果だけをもたらした。
エクエスの体を蹴り上げてイーサンは飛び掛かる。
しかし、またもエクエスは防御に徹するのみで、反撃どころか敵意すら向けてこない。
二人の勝負は終わりが見えず、イーサンの心に焦りの感情が生まれた。
イーサンは縦横無尽に斬りかかるが、致命傷となる一撃を与えられないままにいる。
エクエスも反撃をしてこないので、そもそも戦いの土俵にすら立ってこない。まるで人形を相手にしているかのようだ。
度が過ぎれば怒りは別の感情になる。イーサンの目には憤怒はなく、ただ呆れの感情がうっすらと浮かんでいた。
「もう少し相手にする気はないのか。俺じゃ実力不足などとでも言いたいのか?」
「貴様の実力は認めている。人間の域を超えた武技は見事としか言いようがない。だが、今は興が乗らないのだ」
「くそっ!」
乱暴に振り回した大剣は、またしてもエクエスに弾かれた。
イーサンは一旦距離を取って体勢を立て直す。大剣に付着した土ぼこりを振り払い、本来の輝きを再び天下に晒す。
「お前がどんな気持ちを抱いているのかは知らない。だが、分かり合うのは不可能だってことはわかる」
「それは同感だ。敵の過去など知るだけ無駄だろう」
「俺は、お前を絶対に打ち取ってみせる」
イーサンの宣言に、エクエスは「ふん」と呟くだけだった。
覚悟を決めて大剣を構えたイーサン。しかしその覚悟は第三者の介入によって中断された。
「イーサン、大丈夫か?」
「グレン⁉」
森の奥から現れたのはグレンだった。
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