第21話

「今はどこに向かってるんですか?」


 そろそろ三桁に到達しそうな勢いでスケルトンを切り伏せたとき、ミーアが声を掛けてきた。


 イーサンは大剣にまぶされた骨粉を払いながら、後ろに立つ少女の方へと顔を向ける。


「どこかスケルトンの居城になりそうな場所だ。具体的には決まってないな」


「簡潔に言えば、当てずっぽうということですね」


「まあ……そうなるな」


 胸に突き刺さる事実をはっきりと言われて、イーサンの顔が苦痛に歪む。


 ミーアを道中で拾ってからしばらく時間が経っているものの、何の手掛かりも得られていなかった。


 ただ無為にスケルトンの死体の山を築き、それらを漁る作業をずっと続けている。


「紫鎧のスケルトンを探すなら、もっと効率の良い方法があると思うんですけど……」


「あるのか⁉」


「多分ですよ、多分!」


「なんでもいい、教えてくれ!」


 食い気味過ぎるイーサンに胸倉を掴まれ、ミーアは目を丸くした。


 それでも頼られることは嬉しいようで不満の色は顔に表れていない。


「あのですね、適当に探しても時間の無駄じゃないですか」


「そうだな」


「それならいっそ、思いっきり暴れてみて敵の出方を窺うというのはどうですか?」


「お前の意見は正しいんだが……」


「何か問題でも?」


「もしメアリーが人質のようになっていたら、殺される危険がある」


 相手は知性ある魔物なのだ。交渉が出来ないとも限らない。


 下手に行動をしてメアリーが殺される事態になっては、タイアーに申し訳が立たなくなる。


 一度はミーアと同じ考えに至ったもののイーサンはその問題が解決できそうになかったのでやめておいたのだ。


 将来を考えて半目でぼやくイーサンに、ミーアは眉を寄せる。


「メアリーさんの命がかかってるんですよ? そんな悠長なことをしている暇はないと思うんですけど」


「せめて隠密に根城を見つける方法があればなぁ……」


「ありますよ」


「あるのか⁉」


 あっさりとしたミーアの返事に、イーサンは一拍遅れて反応した。


「スケルトンは多少なりとも魔力を持っています。私が魔力の痕跡を辿っていけば、メアリーさんと紫鎧のスケルトンを見つけることができるかもしれません」


「やってくれ」


「即答⁉」


 そもそも、そんな魔法の存在自体がイーサンにとって初耳だった。


 イーサンの知り合いに魔法使いは沢山いたものの、魔法の小難しい話は苦手だったので、詳しく聞いたことがなかったのだ。


 食い気味に迫る男に、ミーアは明後日の方向に視線を泳がせる。


「やりますから、少し離れてください。そんなに近づかれると集中することができません」


「頼んだ」


「しょうがないですね……」


 お荷物だと思っていた少女が、一瞬にして希望へと変わった瞬間だった。


 イーサンが距離を取ったことを目視で確認すると、ミーアは地面に愛用の杖を突き立てる。


 深呼吸して目を瞑ると、静かに口を開いた。


「――」


 魔法についての知識が乏しいイーサンには、何を唱えているのかさっぱりわからない。まるで別の国の言葉を紡いでいるようで、何の魔法なのかイメージできなかった。


 一人で眉を寄せているイーサンをよそに、ミーアは目を閉じたまま、一句、一節間違えることのないように、慎重に詠唱を続けていく。


「おお……」


 ミーアを中心とした魔法陣が地面に現れる。その神聖な光景に、イーサンは感嘆の声を漏らした。


 原初の文字が螺旋を描き、ミーアによって意味を成す。


 少女な目を瞑ったまま動かない。まだ魔法の詠唱の途中にいるようだ。


 複雑怪奇な現象をみること数十秒、ミーアが目を開いたのと同時に神秘の空気は霧散した。


「……終わりました」


「どうだ、メアリーを見つけることはできそうか?」


「彼女がいるかどうかはわかりませんが、ここから北の方向に強い魔力を感じます。おそらくそこに紫鎧のスケルトンがいると思います」


「北か……」


 イーサンは言われた方角を見やった。


 いくつもの急峻な山脈が連なり、麓は不気味なほどに緑で覆われている光景が目に入る。何度も見た景色のはずなのに、敵との存在を知った途端、禍々しいものに思えてならなかった。


 イーサンの居る場所から北には人間の住む場所はなかったはず。なるほど、敵が隠れるには絶好の場所だと言って良いだろう。


「根城があるとしたら、山脈の間が……面倒だな」


 視界も悪ければ、足場の悪い。魔物たちが隠れるには絶好の地形だ。


 忌々しい山の存在を睨みつけ、イーサンは舌打ちする。


「そろそろ夜になるかもしれませんけど、どうしますか」


「せっかく場所がわかったんだ。出来るだけ進んでおこう。ミーアは無理しないようにな」


「こう見えても私、結構丈夫なんですよ」


 自信満々に腕を出し、二の腕の力こぶを見せつけてくるミーア。


 常に鍛錬を怠らないイーサンから見れば大したことのない筋肉量だったが、ミーアの自身だけは伝わってきた。


 そんな彼女に、ふと表情が緩んでしまう。


 イーサンは自ら頬を叩いて気合を入れ直すと、敵の居城に向けての一歩を踏み出した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る