第20話

 何度目のスケルトンとの遭遇か、既に考えることを放棄していた。


「鬱陶しい……」


 最低限の力を込めて、イーサンは大剣を振るう。


 人間の骨が折れる不愉快な音を立てながら、何体ものスケルトンが地に倒れ伏した。


 深い意味はないままにイーサンはスケルトンだった骨を踏む。


 思っていたよりも脆かったらしく、軽い音を立ててあばら骨が粉砕した。


「メアリーはどこだ……?」


 イーサンは果ての無い暗い空を見上げながら呟いた。


 昼前に目的地にたどり着き、戦闘は半日に差しかかろうとしている。


 冒険者総出でメアリーを探しているので、もし見つかっているならそろそろ報告が届いてもおかしくない時間だ。


 だが、来ていないということは……。


「まだ見つからないのか?」


 ここまで来る道中でイーサンは数人の冒険者とすれ違った。


 全員にメアリーの手掛かりについて聞いてみたものの、誰一人として知っている者はいなかった。


 ここまで大規模な捜索で小さな手掛かりすら見つからないのはおかしい。


 ペット探しや人探しの依頼は過去に数件あったが、どれも最低限の手掛かりはあった。


 行き詰った状況に、イーサンは呻きながら考え込む。


「まさか、すでに連れ去られた……?」


 基本的にスケルトンは小さなアジトを作る。活動範囲はアジトを中心とした円状の範囲なので、今までは偶然見つけたアジトの周りを捜索していた。


「だが、相手は魔帝の配下だぞ……」


 多少の知能だけで、魔帝に仕えるような魔物になり上がるのは不可能だろう。となれば、今までの常識が通用しない相手だと考えるのが妥当ではないか。


 どうしてすぐに思いつかなかったのか。自分の愚かさにイーサンは舌打ちした。


「仮にそうだとしても、どうやって奴を見つける?」


 少なくともここからかなりの距離が離れた場所にいるはずだ。無闇に追っても時間が足りないだろう。


 ふと、イーサンの耳に何かが動く音が届いた。


「誰だ⁉」


 草むらが小さく揺れ、茂みの上から黒い三角帽子の端が見える。


 どうしてここにいるのか、という気持ちと同時に、グレンの予言が当たったことに少しの驚きを感じた。


「バレてるから諦めろ。大人しく出てこい」


「あちゃー、自分ではうまく隠れていたつもりだったんですけどね」


「隠れるのならせめて隠蔽の魔法が使えるようになれ。体を隠しても気配がバレバレだ」


「なるほど」


 なぜか感心しているミーアの顔を見ていると、自分が戦闘していたことを忘れそうになってしまう。場違いな空気がミーアの傍に漂っている気がした。


 頬が緩みかけたところで、イーサンは自身の警戒心が薄くなっていたことに気付く。


 頭を振って不要な考えを外へと振り落とした。


 大剣をミーアの眼前に向け、嘘をつくことを許さないほどの厳しい視線を向ける。


「どうしてここに来た」


「あなたの傍にいることにしたからです」


「場所と場合と時間を読めって聞いたことはないのか?」


「ありますけど、自分では間違っていなかったと思います。イーサンに殺されてもここを動くつもりはありません」


 挑発気味の言葉に苛立ちを覚える。イーサンは大剣を振りかざすと、ミーアの体を水平に薙ごうとした。


 接近する音速の刃がミーアの首元へと迫る。圧倒的な風圧を伴った確実に致死に至る一撃。


 ミーアの目が一瞬だけ見開かれた。


 首と胴体が別れた自分の死がありありと目に浮かんでいるのだろう。


 殺すつもりで、ありったけの力を大剣に乗せて振り回す。


「……避けないのか」


「あなたは意味もなく人を殺せるような人ではありませんから」


 ミーアの首の先、小指一つの隙間もないところに大剣の切っ先があった。


 細い瞼の間から黒瞳を覗かせるイーサンに、ミーアは微苦笑する。表情の上では余裕そうだったが、下半身は異常なまでに震えていた。


 立った数日の付き合いの男にどうしてそこまで出来るのか。イーサンには全く分からなかった。


「誰の入れ知恵だ」


「エリスさんに、グレンさんに、ここまで出会った冒険者たち一同です」


「みんな、揃いもそろってなにやってんだか」


 裏で暗躍していた存在が分かった瞬間、途端に肩の力が抜けていく。なるほど、それだけ多くの冒険者たちがイーサンの足取りを教えれば、ミーアがこの場所に現れるのも道理だ。


 同時に、心の中に合った疑問も氷解していく。


「グレン……あいつも一枚嚙んでたのか。今回の報酬は無しにしてやる」


「実はその……グレンさんと一緒に村にいたイーサンの後を付けたこともあるんです」


 申し訳なさそうな顔で俯くミーアを見ていると、下手に舌打ちをすることもできない。しかしティナとの思い出の村までミーアが来ていたことは全くの予想外だった。


 エリスも絡んでいるとなれば、ミーアは自分に関する全ての過去を知ってしまったのだろう。


 ここまで追ってこられたのもそれが関係しているのかもしれない。


「どこまで聞いた?」


「一通り……と言っても納得してくれませんよね。ティナさんとの出会いから、スケルトンの襲撃のところまで、です」


「ほぼ全部じゃないか」


 あの頃の過去はイーサンにとって黒歴史だ。


 ティナを救えなかったことといい、調子に乗って遊んでいたような子供時代だったことといい、ろくな思い出が何一つとして残っていない。


 エリス、許すまじ。そう思うと同時に、ミーアに知られてしまったことに甚大な気恥ずかしさを覚えた。


 冒険者ギルドに帰ったときのことを思うと胃が痛んでしょうがない。


 だが、まずは目の前の問題だ。


「本当について来るのか。下手したら死ぬぞ」


「大丈夫です。元々イーサンに助けられてなかったら死んでた命ですし。あなたのために死ねるのも……まあ、悪くないと思います」


「そんな覚悟は重すぎる!」


 戦闘を忘れた突っ込みに、ミーアは微笑むだけだった。


 どうにかして追い返したかったが、あのように言われてしまっては帰すことはできない。


 イーサンは半ば投げやりな感情に任せて天を仰いだ。


「勝手にしろ。死んでも責任は取れないからな」


「責任……取ってくださいよ」


「そのセリフは意中の男にでも使っておけ。こんな場面で言っていいセリフじゃない」


「なら、俺たちの冒険はこれからだ! ですか?」


「もっとやめろ」


 その言葉に先には、どうしても良い未来が想像できない。というか、そのセリフを残して先立って行った冒険者を何人も見てきた。


 常に緊張状態のイーサンとは対照的にミーアの表情は明るい。


 だが、そんな態度は戦場で命取りになりかねないことをイーサンは知っている。


 張りつめた緊張の糸を更に伸ばさなければ、とイーサンは思った。

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