彼氏メタモルフォーゼ

豚玉ダブル

彼氏メタモルフォーゼ

サナギが蝶になるように?

サナギが蝶になるように?

 一人暮らしも五年目になると、さすがに孤独を感じることが多くなる。私も今年で二十七歳、結婚式に呼ばれることも増えてきた。寂しさを埋めたい気持ちになると、別れて五年になる彼にもう一度会いたいという幻想が混ざることがある。彼氏がほしい。それも結婚相手になりそうな、落ち着いた彼氏が。


「香奈ちゃんならすぐにいい人が見つかると思うよ」

 結婚が決まった先輩に勧められて、ある婚活サービスに登録したのは何ヶ月か前のこと。会員か元会員の紹介でしか入会できない、かなり真面目なところだ。入会すると、ひと月に八人くらいの男性を紹介してもらえる。


 紹介と言っても、いきなり会ったりするわけじゃない。最初に送られてくるのは簡単なプロフィールだけ。それがスマホの画面で見えるようになる。その中から一人を選んで、相手がOKすれば次のステップに進む仕組みだ。いわゆるマッチングアプリとは違って、スマホの画面では写真を見れない。


 私はお風呂上がりに髪を乾かしながら、今月紹介された男性のプロフィールをいつものアプリで眺めていた。


「ええと、今月の最初は、『たかゆき』さん。1994年生7月2日生まれ。XY大学大学院修士卒。大手電機メーカー勤務。年収は……ふーん。なかなかいいじゃない」

 一人暮らしが板について、すっかり独り言がクセになっている。

「趣味・特技は………『鉄道模型(Nゲージ)』っておいっ!」

 別に鉄道模型(Nゲージ)が世の害悪だと言いたいわけじゃない。ただ、婚活プロフィールに書く内容はもっと選んだ方がいいと思う。パス!


「お次は、『しんたろう』さん、か。1986年生11月6日生まれ。大手自動車メーカー勤務、年収は……ふむふむ、けっこう高いね。趣味・特技が、『パソコン(Windows/Mac/Linux等)』『読書(SF・時代小説など)』」

 悪くないけど、ちょっと年上かなぁ。あと、パソコンは許容範囲として「Windows/Mac/Linux等」とか書いてくるあたりが。こいつ絶対細かい性格だ。パス。


「つぎの人。『たかし』さん。おおっと、これは期待できそう! 1988年3月14日生まれ。XY大学大学院博士卒、大手ゲーム会社勤務、年収……すごい!」

 一瞬だけ目が輝いたかもしれない。

「それで趣味は……『サーフィン』『ギター』」

 う~ん……。私にはあんまりピンときませんね。まあ、一応連絡を取ってみることにしますか。おっと、よく見ると離婚歴ありじゃん。やめとくかな。


 真夏の夜はこうして過ぎていく。


「ええと、次の人は……『ひろき』さん」

 あ、元彼と同じ名前、と思った瞬間。画面をみて息を呑んだ。

「9月16日生まれ。XX大学大学院卒修士。大手外資系IT企業勤務。趣味・特技は『映画鑑賞』『読書』」

 9月16日? それにXX大学? これは元彼の弘樹ではないのか!


 弘樹と私は予備校で出会って交際を始めた受験生カップルだった。二人とも同じ大学に合格して、大学生カップルとして人生で一番楽しい時期を過ごして、将来をともにするはずだった。二人が別れたのは、忘れもしない大学四年の夏。私は大手総合商社に就職が決まって、弘樹は大学院への進学を決めた頃だった。


「ああ、懐かしいなぁ。弘樹、いやヒロ君か。あんなに酷い目に遭ったのに、ヒロ君のことを今でもこんなに想っているなんて、私もどうかしているよね、まったく」

 スマホの画面に表示された「ひろき」の名前を見ていると、楽しかった思い出ばかりが甦る。


「これは会ってみるしかないでしょう」


 ***


 そして数日後、私たちは会った。場所は吉祥寺。私たちは五年ぶりに再会した。婚活サービスで出会った初対面の二人として。なんだか変な気持ちだ。

「ヒロ君、久しぶりだね」

「カナちゃん、おひさしぶり。元気だった?」


 ひさしぶりに会う元彼は少し背が高くなっていたような気がする。顔立ちは、変わらず優しい感じ。でも五年前にくらべると、ちょっと痩せたような気がする。たしか、めがねをかけていたはずだけど……コンタクトにしたのかな。


 私たちはまずはカフェに入って、お互いの近況を話し合った。私の仕事のこと、一人暮らしなこと。弘樹は大学院を出たあと、いったん会社を辞めて海外留学したという。その後帰国して外資系企業に再就職、けっこうエリートじゃないか。しかも当たり前だけど、独身ときた。


 これは、勝負の時かも知れない。少し話題がこなれてくるのを待って、私は言った。

「ねえ、弘樹。私たちまたつきあってみない?」

 いきなり直球ど真ん中を投げ込むのは私の性格だ。

「なに言っているんだよ、カナちゃん。僕たち、もう別れたじゃない。カナちゃんだって納得して……」

 弘樹の反応は予想どおりだった。


「あら、じゃあどうしてデートOKなんてしたのよ?」

「まあ、そうなんだけどさ。正直に言うと、ちょっと懐かしかったというか」

「そうでしょ、ほら見なさい。私はあなたのこと忘れてないから。あなただって……」

 言いかけて、言葉を止めた。それは私が言ってはいけないことだ。


 私が弘樹と別れた理由。表向きは進路が違うからなのだけれど、実のところは「性の不一致」が原因だった。セックスレスだった。四年間ずっと。「カナちゃんは性欲が強すぎる」というのが弘樹の主張で、別れ話を切り出したのも彼だった。私は、弘樹は自分に魅力を感じなくなったのだと悲観したものだ。


 でも今ならそれは違うとわかる。彼は性欲を抑えていただけ。二十二歳の男性がセックスしたくないなんて、ありえないことだ。それに気づいてあげられなかった自分の愚かさも痛感していた。


「カナちゃんは、やっぱり僕のことがまだ好きなのかい?」

 弘樹は私の顔を見つめて言った。

「えっ、なんで」

「なんでって。まぁ、そんな顔を見ればわかるよ」

 どんな顔をしているのだろう。


「それに、実は僕も好きだったし」

「えええ! ほんと!?」

 思わず大きな声が出てしまう。びっくりしたから。でも、すごくうれしい気持ちがあったのは本当だ。


 こうして、私と弘樹は再び付きあうことになったのだ。


 ***


 翌週のデートは、最初から大人びた雰囲気だった。


 まず、弘樹の服装が私の知っている弘樹じゃなかった。細身のズボンに少し着崩したジャケット。よくみるとベルトはドルチェアンドカッパー、高級ブランドだ……。かつてのダサさとはまるで違うおしゃれな格好。髪型もばっちり決まっている。別人かと思ったほどだ。


 私はというと、昔を意識してわざと学生時代に近いような格好をしてきたから、すごく恥ずかしい気分になった。これは傍目で見ると、もしかしてパパ活?に見えるかもしれない……。いや、見えないか。そもそも年齢もずいぶん近いし。


 そして何より、私に対する態度が昔とちがうのだ。もっと気弱で自信のない男だと思っていたのに、今日はとても積極的な印象を受ける。これが大人の余裕というものなのかしら……。


「カナちゃん、どうしたの?」

 その声で、ハッとする。ひさしぶりに見る彼は、以前と比べてずいぶん痩せたように見えるけど……顔つきは前よりも精力があふれているように感じる。

「そう、ありがとう」


「カナちゃんは、いまもかわらず笑顔が素敵だね」

 弘樹は私の手をにぎって、耳元でささやく。

(えっ、私を口説いている?)

 一瞬どきりとするけれど、すぐに考え直す。

(まあ、弘樹は昔からちょっとわかりにくいところがあったよね)


 私は五年前の出来事を思い出した。あれは忘れもしない、別れる三ヶ月ほど前のこと。私たちは付きあってすぐにキスまですませたのに、そこから先に進まなくて、私は三年半という長い時間を耐えていた。


 私はどうしても我慢できなくて、弘樹のことをなかば無理矢理ラブホに連れ込んで押し倒したのだ。もちろんそれは計画的な犯行で、コンドーム1ダースと、男性用のローションまで用意して、勝負に挑んだ。それなのに、シャワーを浴びた私を待っていたのは、ベッドで爆睡している弘樹で……つついても、叩いても、彼はずっと寝たふりをしたままで。怒りと悲しみと落胆の涙が止まらなかった。いたたまれなくなった私は、とうとうヒロ君を置いて帰ってしまったのだ。


(結局なにもできなかった本当に性欲の強い女だと思われたのだろうか……それともそんなことは忘れちゃったのかなぁ……?)


「少し早いけれど、夕食にしようか?」

 そう言うと、弘樹は予約してある店へと案内してくれた。そこは高級イタリアンレストランだった。個室を予約してくれていて、とても落ち着く場所だ。ワインも美味しい。こんな店をチョイスするあたり、やはり遊んでいる感じがする。

(そういえば、昔は居酒屋みたいなところで飲むばかりだったなぁ……いつの間にかこういうことをするようになって……でも、それが嫌だったわけじゃないんだけどね。むしろ楽しかった……)


 食事中はお互いの大学時代の話で盛り上がった。弘樹は私たちが別れた原因を忘れてしまっているのかも知れない。それならば好都合だった。この場でもう一度、私の気持ちを伝えたほうがいいのかもと思った。でもやっぱり言い出せなくて、もどかしさだけが募る。弘樹が私の気持ちに気づいてくれないことに苛立つ。もういっそのこと告白してしまおうか。いや待って。こんな状況で告白しても、きっと弘樹はOKしてくれないはずだ。まずはデートを重ねて、彼の本心を確かめるしかないだろう。


 思ったよりも早い時間に食事が終わると、弘樹は「ドライブに行こう」と私を連れ出した。弘樹がどうしてワインを飲まないのか不思議だったけれど、どうやら車の運転をするつもりだったようだ。弘樹が乗った車が駐車場から出てくる。マセラティ?だかなんだか知らないけれど、すごく高い車に乗っているみたいだ。弘樹はいつもお金がなかったはずだけど、外資系だとそんな車も買えちゃうんだね。


 そして着いたのは海沿いの倉庫街だった。

「わあ、綺麗」

 思わず声に出てしまった。弘樹が連れてきたのは大きな観覧車で、イルミネーションで飾られていたのだ。カップルたちがたくさん並んでいて、私と弘樹もその行列に加わった。


 順番が来ると、二人で乗り込んだ。観覧車はゆっくりと上に登っていく。窓際に座っている弘樹は少し恥ずかしそうにしているようだった。私は、そんな弘樹の横顔に見惚れていた。やっぱり、今でも好きだな……。


 ふと外を見ると、もうすっかり夜になっていた。そのとき私の目に飛び込んできたのは、きらめく横浜の夜景だ。

「うわーっ」

 思わず歓声をあげてしまうくらいの美しい光景が広がっていた。

「カナちゃん、ほら見てごらんよ!」

「きれい……」

(やっぱり私の見立てに間違いはなかった。今日のヒロ君は、すごくかっこよかったよ。それに……やっぱり優しい)

「カナちゃんは相変わらず可愛いね」

 そう言うと、彼は私を抱きかかえてキスをして、私の胸の膨らみに手を伸ばしてきた。私は抵抗せずに身をまかせた。


 私たちがホテルに直行するのは当然の流れだった。というか、夜景の綺麗な高級ホテルを彼が予約してくれていた。


 部屋に入ると、弘樹は私に近づいて、耳元で「愛してるよ」とささやく。そしてそのままベッドに押し倒され、彼は私の全身にキスの雨を降らせるのだった。彼はとても優しかった。そして丁寧で、やさしい愛撫で私を導いてくれた。


 服を脱がされて、下着姿になった私をベッドに寝かせると、彼は上から覆い被さるようにして私を抱いた。ブラをはずされるのかと身構えたのだけれど、彼はそっちはスルーしていきなりショーツに手をかけてきた。恥ずかしがっている暇もなく私の下半身を裸に剥くと、足を持ち上げて私の大事な部分をまじまじと見つめ始めた。


「ちょっと待って! 電気消して!」

 私はあわてて言った。

「大丈夫だよ。僕しか見えないから安心しなよ」

 そう言ってさらに私の股間に顔を近づけていく彼に焦って私は言った。

「だって明るいと丸見えじゃない……」

 けれども彼は「暗いより明るい方が興奮する」と平然と言ってのけた。


 弘樹の顔がおなかに近づく。彼は私のおへその上あたりに軽くキスをした。そしてそのまま下の方に降りてきて、私の大事なところを舌でなめ始める。

「まって、せめてシャワーを……」

 彼はそれをさえぎって言う。

「いいんだよ。カナちゃんはそのままでいい」

「いや……恥ずかしいからダメ……」


 弘樹はそれでも執拗に攻めてくる。

「やめて……」

 私はいやがったが、弘樹は聞く耳をもたない。

「やめないよ。カナちゃんは綺麗だ」

「お願いだから……汚いし、汗臭いし……恥ずかしすぎるよ」

「僕はカナちゃんがどんな姿でも、ずっと好きなままだよ」

 そう言いながらも弘樹はしつこく私の大切な部分を攻め続けた。


 彼の舌の刺激に耐えらない。大事なところがびしょびしょに濡れている。

(弘樹はどうしてこんなにも上手なんだろう?)

 私は不思議に思う。こんなの婚活サービスで出会う男性の手際じゃないよ。


 そして弘樹はついに指を使って私を絶頂に導く。あまりの気持ち良さに私は気絶しそうになる。弘樹は優しく微笑んで、今度はキスをしながら私の胸に手を伸ばした。


 胸を触られながら、昔のことを思い出してしまった。どうして弘樹は五年前に私のことをこうしてくれなかったのだろう。

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