第5話【最強】の子供時代

「これが我々の姫、アヤナ様だ」

「・・・」

「どうした武上?」


 エレナに肩を揺さぶられようやく目を覚ます。

 レインやエレナは動かない俺を不思議そうな顔で見つめる。

 なんなんだこの感覚・・・見た瞬間電気が走った?一目惚れ?そんなわけがない、間違いなくこの姫より俺は二倍以上の年だ、その年齢差で恋なんてするか普通・・・?それに別に俺のタイプじゃない、なのになんなんだこの彼女を守らなきゃいけないような感覚は・・・!魔法にでもかけられたのか俺は?

 姫は動けない俺に近づいてくる、彼女が近づくにつれ心臓の鼓動が早くなる。


「初めまして私の騎士、私はアヤナ・ユグドラシル、黒の国ラナス王国の仕王選の候補者」

「ああ、知ってる俺はお前を・・・」


 そうだ、思い出した俺が【最強】を目指す動機になったあの夢の女にそっくりだ、でも俺の夢ではあの女は守られず死んでいたはずだ、あれは俺の未来の姿なのか・・・?まさかな、俺はそんなスピリチュアル的なものは信じない、それにまだ騎士をやると決めたわけじゃない。


「アヤナ様、お元気そうで何よりです」

「エレナ様、もお元気そうで」


アヤナはエレナと話す時は少し元気になるように感じた。

俺が不思議そうに見ているとレインが口を耳に近づけて話す。


「アヤナ様と姉様は小さい頃から仲がいいんです、姉様はまるで妹のようにアヤナ様を可愛がっています」

「なるほど、エレナがアヤナに躍起になるのはそのためか」


アヤナとエレナが話し合いが終わるとアヤナが俺に一言。


「まあ、騎士、死なないように頑張ってください」

「は?」


 姫のその期待の感情の一遍も感じられないその一言が俺の怒りのスイッチを刺激し体を自由を取り戻す。

 このガキ・・・俺に全く期待していない、雑魚だと思ってやがる・・・!

 俺が姫にイライラしていると後ろから兵士が入りエレナに耳打ちする、それを聞いたエレナは大きくため息をつき、頭を抱える。


「今私には用事ができた、あとはレインに任せる」

「ああ、わかったよ姉様」

「最後に武上、私はお前に・・・騎士になってほしいと・・・思っている」

「え?」


 そういうとエレナは照れくさそうに駆け足で行ってしまった。

 プライドを捨ててまで俺という重要な武力がいるということだろう、それほどまでにこの仕王選は絶望的なまでな力の差があるという裏付けでもある。


「どういうことですか?騎士じゃないんです?」

「いえ、姫を見て騎士になるか決めるということらしいです」


 俺の考えを知らなかった姫にレインがすかさず説明のフォローを入れる。


「まぁ、命がかかってるからな、考え中ってわけよ」

「じゃあ、別に無理にやらなくていいです、どうせあなたもすぐ死ぬ」

「はぁ!?」


 驚きでつい大きな声が出る、それはそうだ、あれだけエレナやレインは俺の力を求めていたのにもかかわらず当の守られる本人はそれをいらないと言うのだから。


「お前・・・なめやがって・・・ああいいよ!俺も別に守ってほしくねーなら命かけて守ってやんねー!」

「まっ、待ってください」

「止めるなレイン!」


 腕をつかみ止めようとするレインを引き釣り部屋を出る。

 ムカつく口調のガキだ、美人で敬語だからってムカつくいい方しやがって・・・

 ドアを閉めるときアヤナの顔が見えるが相変わらず世界に絶望したような顔をしている。

 その顔もだんだんムカついてきた・・・!


「このくそ女が!悲劇のヒロインぶってんじゃねー!」

「話を聞いてください、あの言葉の意味は別に騎士様を弱いと思っているからという話ではないのです!」


 階段を降りようとするときもレインは俺の腕を放さない。

 途中でレインの必死さに面倒くさくなり足を止め話を聞く。


「どういうことだよ」

「アヤナ様は生に何も抱いてないのです!」

「は?死んでもいいと思ってるってことか?」

「そうです、アヤナ様の周りはあまりに死にすぎた・・・」

「どういうことだ」

「アヤナ様は父母の愛を受けずに生きてきました、それは前回の仕王選でアヤナ様を生んですぐに父母両方とも死んでしまったからです、それに生まれてすぐ身寄りのない奴隷として辛い人生を生きてつい三年ほど前ようやく前国王の母の子供というのがわかり姫となりました、奴隷から貴族になったその成り立ちは最悪、ほかの貴族からも忌み嫌われ、命を狙われることもありました。そのたびに彼女の親しい人が死にあのようにすべてに期待せず絶望するようになってしまいました、そしてまた命を狙われることに・・・」

「な、なるほどな、そりゃ少し悪いことをしたかもな・・・俺の力が信じられないわけじゃなく、そもそも死にたいってわけか・・・」


 あまりに聞くに堪えない過去、俺はなんてことしちまったんだ、度数の高い酒を飲んだ時のような腹に重いものが下っていく感じだ。

 髪を搔きむしり自分の早まった行動の数々を恨む、思えば俺はガキ相手に何を本気マジになってやがる、馬鹿じゃねぇのか・・・もう少し真剣に話を聞くとしよう。

 もう一度話を聞くため、そしてさっきの失言を謝るためもう一度花の間の扉を開け、頭を地につけ謝罪する。


「さっきは悪かった、レインから少しお前のことを聞いたが俺はお前のことを知らずに言い過ぎた」

「聞いたのですか・・・別に大丈夫です、むしろ謝られるとはおもってませんでしたし、それと父母の話はやめてください、あの人達世間でどういわれているか知ってますか?」

「聞いていないな・・・」

「残虐男と気狂い姫です」

「・・・」

「あの人たちは仕王選に勝つために美人な母はいろんな人、民衆貴族とはずいい顔をして支持を集め父は力はありませんでしたが悪知恵が働くので裏で散々母と非人道的な行為でとうとう赤の国との一騎打ちまで持ち込ませましたが・・・結局赤の国にその行為の証拠をつかまれ失脚、母と父は仲良く同じ場所で処刑されました」

「嫌いなのか?」

「ええ、嫌いです、愚かで愚鈍で手段を選ばなかったのにもかかわらず結局負けて・・・処刑される時2人とも泣いていたそうです、周りからしたら馬鹿にしかみえない、最初希望最初から持たなければ絶望することもないのに」


 アヤナの過去を聞くたびに心が苦しくなる。

 そうか、こいつの既視感は夢だけじゃない、昔の俺だ、夢を見るまでの俺、俺も【最強】を目指すまえは似たような顔をしていた。


「・・・俺もさ、父母関係で昔いろいろあったんだ」

「・・・」

「俺の家系は昔っから格闘技で賞を取ってきた結構すげぇ家系なんだ、でも親父はその有り余る力を家族に向けちまったんだ、昔っからスイッチが入ったら止まんない人だった、そのくせ直ぐ謝るんだがな、そして息子の俺には絶対に俺には暴力を振らなかった、そういう意味では不器用な人だった、母さんも母さんであまり不満を口にしない人優しくて臆病な人だった、そこが噛み合ってしまったのかもな、ある日母親に力を向けるとき俺もその親父の血を継いでるんだなと思ったよ、あの時の俺には父は悪役でしかなかったからな、母親を守るために横から包丁で突いたんだ、倒れて血を流す父親の俺を恨むでも悲しむでもないあの顔、今でも鮮明に思い出せる、その後母親も後を追うように体を悪くして病気で逝っちまったんだ。母親にとっては父親は暴力を受けても一緒にいたいと思える人だったのかもしれない。それから人殺しとして友達もできずにだお前と似たような顔をしてたよ」

「そうですか・・・」


 アヤナは未だに俺と目を合わせず冷淡に本を読んでいる。

 ああ、わかってる俺の話なんてお前のに比べればちっぽけなもんかもしれない、お前は生きている間ずっと苦しんできたんだから。

 つい彼女の境遇の俺との類似点から彼女の心に感情移入してしまう、彼女の苦しみは俺の想像以上の絶するものだろう。


「でもさ俺は今になって思うんだ、あの人達は悪くないって結局は悪いのは余計な正義感振り翳して家庭を崩壊させたのは俺だったんだなって・・・あの人達はあの人達なりに俺のことを思って、あの人たちなりの接し方があったんだ、大切なものは失って初めて大切だと気づくもんだと強く思ったよ、お前の親だって少なからずお前のことは思ってたかもしれない、そんなに悪くいうなよ」

「・・・そんなわけないです、もう親の話はやめてください、最低な親のことを思い出すのは不快です」


 確かにそうかもしれない、本当に彼女のことを思っているのなら彼女を残して死ぬことはないだろう。


「ああ、そうかもな、最後に聞きたい、仕王選のやる気はないのか?」

「・・・ありません、本当にもうどうでもいいです」

「そうか」


 少し間を置いた後のやる気のなさそうな淡白な返事。

 やる気がない、生きる気力もないのなら俺がどう言っても無駄だ、俺がお前を守る必要もない。


「正直、今日俺はお前と会えてよかったと思うよ、お前が俺を必要としないなら俺もお前の騎士にはならないが、もし次会えたら酒でも飲みかわしてお前の話を聞かせてくれ、それが互いにあの世じゃないといいな」

「そうですね」

「それじゃ」

「・・・さようなら」


 最後に俺が部屋を出てドアを閉める時、彼女の顔は少し、ほんの少し悲しげに見えたのは俺の心が見せた幻覚なのだろうか。

 俺は騎士やらない事をレインに言うとレインはとても残念そうに肩を落とす。


「悪いなレイン」

「わかりました・・・最後に姉にも一言お願いします、あれでもとてもあなたに期待していましたので」

「あれでかぁ?」

「はい」


 本当にそうなら少し悪いことをしたとは思う、しかし俺の意思は変わらない、俺は合理的に陣営を選ぶ、感情には動かされない。

 俺はエレナに最後の断りを入れるためレインと城に戻ろうと館を出る。

 その道すがら城の方向から先ほど奴隷と一悶着を起こしたデンブリー卿とすれ違う、あちらはこちらに気づいてはいないようだったが肥えた肉だらけのその顔はとても嬉しそうに笑っていた、相変わらず気持ち悪い野郎だ。

 そして俺はそのあとすぐ奴の笑顔の理由を知ることになる。

 数百人ほどの兵士の波が城取り囲んでいるのだ。


「エレナ・ハインツ!貴様を国家反逆罪で逮捕する!」





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