第6話 消えない傷が癒える時

 時刻は午後五時。


 太陽も沈む速度を加速させている。


 夢は彩理に創の薬が入ったピルケースを渡して仕事のため研究室に残り、創と彩理は学園の敷地からお互い帰路へ向かっていた。


「彩理ちゃん、今日はいろいろとありがとうな」


「わたし、なんにもしていないよ? むしろ創や先生が凄すぎて、わたしにはとても何か助けられるなんて思えない」


 夢がバイオロイドを、創を製作したことも、創がクロロという変身を実行するなんて、誰が思ったことであろうか。


「そんなことはない。俺に興味を持ってくれたことで、俺も彩理ちゃんの可能性を最大限にまで引き出せるように手伝ってやりたいんだ」


「わたしの、可能性?」


「母さんの生物学の研究を行う人数が二人いるだけでも、発見は単純に二倍になる。彩理ちゃんには鋭い観察眼があるとみたよ」


 彩理には無いと思っていたものを、創は肯定したので少し意外な心地がした。


「な、なんでそんなことが分かるの?」


「彩理ちゃんはいろんな疑問に思う場所を的確に見ている。あとは俺の直感」


「それ、先生も言っていたんだけど……」


 再び直感という言葉が飛び出す。


「俺にとって直感は知識と経験の積み重ねで発生する化学反応だと思っているよ。ひょっとすると論理的かもしれないね」


「そうなんだ」


 気づくと、創の家につながる路地の目の前にいた。


「じゃあ、ここでお別れだな。またうちに来なよ」


「ありがとう。驚いたけど、とても楽しかったよ」


「なら良かった。心療内科の薬、飲んでおいてね」


「うん。わかった」


「またな」


「じ、じゃあね!」


 創の姿が消えたあと、彩理も自宅へ歩き出した


 不思議な親子だ、と彩理は思う。


 残り数週間で授業も再開する。


 彩理にとって創と夢が良い化学反応になることを信じ、学生寮へ帰宅した。


   *


 彩理の過ごした夏休みはあっという間に過ぎたように思える。


 ようやく自分が落ち着くことのできる居場所を見つけることができた、と。


 創と出会ってひと月が経過しようとしている。病院への通院も忘れずに行っている。


 谷崎がたまに彩理へ話しかけてくれて、創とともに気にかけてくれる。


 処方薬は主治医の先生の通り最初は副作用として若干の吐き気や頭痛があったものの、今では副作用も治まりつつある。


 それでも創曰く、服薬は対処療法の一つだから周囲の人の支えも必要だと彩理は教わった。


 支えてくれる人はすぐ近くにいるじゃないか、と。


 手首に傷を作る回数も、確実に減ってきている。


 完全には止まらなくても、少しずつ少しずつ、この衝動が減って欲しいと彩理は願った。

 

 夏休みの間に、時間があれば創に会いにいくようになっていた。

 

 創は決して彩理の話を否定することはなく、どんなことも真面目に聞いてくれた。

 

 こういう人を、カウンセラーと呼ぶのかもしれない。彩理にとって創は、痛みを緩和してくれるカウンセラーのような存在なのだろう。


 創が住む路地裏の家、そして夢の研究室。頻繁に敷地内を移動しているため会える機会は少ないものの、会えた時には身体の調子を問いかけてきて気にかけてくれていた。

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