第19話
「……あのさ、やっぱり逆にしないか?」
ベッドに腰かけながら、彼女に再度話しかける。
共同生活をすることで合意し、あとは眠るだけという状況だ。
が、ここに来て問題が一つ、新たに浮上した。
「まだ言いますか。何度言われても、これだけは譲れません」
「だけどさ……」
「家主であるあなたはベッドで、居候の私はソファで寝る。それでなにも問題ありません」
わかってはいたが、彼女は頑として受け入れない。
話は簡単だ。
昨日までは治療のために同じベッドで眠っていたが、今日からは違う。
当然、別々に眠ることになるのだが、生憎と寝具は一つしかない。
ベッド以外に眠れそうな場所と言えば、ソファだけだった。
そこでどっちがベッドを使うかと話し合ったのだが……。
「女性である前に居候なので、私」
彼女はそう言って、自分がソファで眠ると言い張った。
確かにそれが自然かもしれないが、俺としてはやはり引け目のようなものがあるわけで。
「明日は仕事なんですよね? だったら早く寝た方がいいんじゃないですか?」
「俺だってそうしたいよ」
「なら、電気を消して寝ましょう」
彼女は素っ気なく言って、タオルケットを肩から羽織る。
そしてそのままソファに横たわろうとして、思い直したようにこっちを向いた。
「もしかしてですけど、私と一緒に寝たい、なんて考えてます?」
「――っ、ば、バカか。そんなわけあるかっ」
よりによってなんてことを言い出すんだ。
「いえ、そうなのかなって。ソファで眠らせるわけにはいかないから、こっちに来い、とか」
「そんなこと一言も言ってないだろ」
「あえて明言は避けて、私がそうするのを待っているという可能性もあるのではないかと」
なんなんだ一体……。
下心はないと、はっきり言ったはずなのに。
彼女がそんな風に勘繰る言動を、俺は無意識にしていたとでも言うのか?
「構いませんよ、私は」
「だから……は? なんて?」
今さらっと、とんでもないことを言ったような……。
「一緒に眠るのもやぶさかではない、と言ったんです。そう、したいですか?」
彼女の目はあまりにも真っ直ぐで、どこまで本気なのかわからない。
「な、なにが目的だ?」
「いえ、私にはありませんけど。ただ、あなたがそうしたいって言うなら、私は拒めませんから」
「……いや、言わないから。言うわけないだろ」
「じゃあ、この話は終わりですね」
「……いい性格してるな」
「あなたがしつこいからです」
まったく、とんでもない子だな。
あんな挑発するようなことを言って、相手に下心があったらどうするつもりなのか。
まぁ、拒まないではなく、拒めないと言うあたり、彼女自身がそんなことは望んでいないとわかるけど。
「でも、あれだな。ここで暮らすなら、少しは買い揃えないと不便だよな」
「例えば布団とか、ですか? 私ならソファで構いませんけど」
「俺が構う」
「だからって、私のために布団を買っちゃうのはどうかと。あ、それともあれですか? ずっとここにいろっていう、遠回しなアピールっぽいなにかとか」
「さすがにそれはないかな、うん」
しばらくはいてもいいと言ったが、ずっとは困る。
具体的にどう困るのかとか、どれくらいの期間ならいいとかは、正直なんとも言えないが。
「別に君のためだけってわけじゃなくてさ、来客用に予備の布団くらい用意しておいても、まぁ悪くないかなって思っただけだ」
「元カノさんとは、そのベッドで十分だったんですよね?」
「べ、別に恋人がどうとかって話じゃない。とにかく、クローゼットには余裕があるから、置く場所には困らない。だからあってもいいって話だ」
今後、誰かを部屋に招くかどうかはわからないけど、用意しておいて困るものじゃない。
俺が気兼ねなく睡眠を取るためと考えれば、安い買い物だ。
「君だってソファより布団のほうがいいだろ?」
「その訊き方はズルいですね。まるで悪者みたいです」
「知るか。で、どっちがいいんだ?」
あってないような選択肢だが、そういう話なのだから仕方がない。
彼女もそれはわかっているようで、渋々ながら頷く。
「でも、お金は私も出します」
が、タダでは受け入れてくれないらしい。
「別にいいって」
「そうはいきません。私がいなかったら、そもそも買ったりしませんよね?」
だから全額を出させるわけにはいきませんと、強固な意志を表すように腕を組む。
その姿はさながら、頑固オヤジのそれだ。
彼女という人間が、少しわかった気がする。
いや、薄々は見えていた部分だけど。
「わかった。じゃあ、半々ってことで」
「いえ、私のほうでもう少し出します。お金はまだ、いくらかありますので」
「半々で。これは譲れない。今度はそっちが折れてくれ」
頑固な彼女には、こっちもこれくらいはっきり意思表示をする必要がある。
そうでもしないと、この先も苦労しそうだし。
「……でも」
「いいから。そっちはほら、他にも買わなきゃいけないもの、あるだろ? いろいろとさ」
「……確かに、そうですね」
パッと思いつくものがいくつかあるのだろう。
彼女は渋い顔をして、必要な金額と予算を照らし合わせているに違いない。
明日からの生活は、この三日間とは全く違う。
彼女自身、我慢や妥協をしていた部分がいくつもあるはずだ。
それを解消するのに必要な予算がどれほどか、俺には想像もつかない。
「じゃあ、それでお願いします」
「決まりだな。なら、買いに行くのは土曜でいいか?」
「はい、わかりました」
よし、これで安心して眠れる。
今日と明日は我慢してもらうとして。
「それじゃあそろそろ」
「はい、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
そう言って電気を消し、俺は布団に入る。
久しぶりに一人で眠るベッドは、いつもより広く感じた。
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