最後の青春、僕らはキミに恋をする。

ハンくん

第1話 俺達が恋した人

「これで決着だ。荒川あらかわ


「あぁ、絶対に負けないぜ。光輝こうき


 によって消えていったと思っていた高校最後の青春は、まだ終わっていなかった。


           *


 異常気象のせいなのか、まだ5月の中旬にも関わらず、空では太陽が煌々こうこうとし、猛威を振るっている。


「あちぃ」


 小さく呟きながら教室のドアを開けると、そこには楽園エデンがあった。

 外気の熱で火照った肌に、冷蔵庫を開けた時のような冷気が触れる。

 汗をかいて服が濡れた状態で冷房が効いた教室へ入ったので、身体の芯まで一気に冷やされる。

 汗を拭いつつ自席へ向かい、着席すると、隣から声がかかる。


「荒川くん」


 パッチリ二重に高い鼻筋。少し幼さの残る顔だが、思わず目を惹かれてしまう妖艶な雰囲気を纏いつつも天使のような微笑みを俺に向けてきたのは───小松こまつ沙夜さよ

 俺が密かに異性として好意を抱いてる人物だ。

 俺がいつから彼女のことを意識し始めたのはいつからだっただろうか────

 

           *


 俺はずっとのらりくらりと生きてきた。

 小、中学校共に勉強もスポーツも平凡。親友と呼べる程の人はいなかったが、世間で言う"陽キャ"や"陰キャ"の人、どちらとも仲良くやってきたので学校生活は楽しかった。


 恋愛も同様。「○○さん可愛いよね」などと言う周りの人達に流されるだけで、恋愛という恋愛をしたことがなかったのだろう。

 "可愛いから好き"その程度のものだった。

 小中と一緒に過ごした仲間達と離れ、高校では環境が変わかもしれないと期待していたが、入学してからも特に変わらなかった。


 このまま高校を卒業して、その後も適当にやっていくんだろうな……そう思っていた。

 そんな考えが変わったのが高校2年生の時。

 クラスが変わり、1年生の時からすごく可愛くて、誰にでも優しく話しかけてくれると噂の小松沙夜さんと同じクラスになった。

 その事に俺は最初、何も感じなかったのだが、転機は突然に訪れる。


 席替えをした際、小松さんの隣の席になったのだ。

 その時に初めて会話をわしたのは記憶にあるが、細かい内容までは覚えていない。どうせ周りからの好感度を上げるためだろうと思っていたから。

 しかし、俺が素っ気なく返事をしているのにも関わらず小松さんは何度も話しかけてくれた。


 そして2ヶ月ほど経って再び席替えをして、小松さんと席が離れた時のことだった。


 (あれ……? 何だ? この胸がザワザワする感じ……)


 少し遠くで小松さんが他の男子と仲良く話している。それを見ていると胸が苦しくなる。

 この気持ちの正体を俺は模索していると……ふと小松さんと目が合った。

 小松さんは少し目を細めた後、誰にも気づかれないような角度で手を振ってきた。

 

 その瞬間────俺の心臓が跳ねた。


 今までは"好き"という気持ちが分からなかった。

 だがこの瞬間、俺は────彼女のことが好きだなと確信した。

 これが恋なんだなと確信した。

 彼女を見るだけで鼓動が速くなる。

 彼女を見るだけで頬が熱くなる。

 彼女から目が離せない。

 小松さんの笑顔を俺がもっと咲かせたい、そう思った。


           *


「────めた? って、聞いてる!?」


「ごめん、暑さで少しボーッとしてた」


「ここ涼しいじゃんよ」


 小松さんが笑う。


「荒川くんって体育祭の個人種目何出るか決めた?」


「う〜ん……特に決めてないかなぁ。やりたいやつとかもないし」


「だよね〜」


「小松さんは何か決めた?」


「いや、私も全く。でも、華のJK最後の行事だから色々やりたいなぁとは思ってる!」


 うちの学校は所謂いわゆる進学校。

 そのため、体育祭が終わると勉強に専念させるので、今回の体育祭が最後の行事なのだ。


「そっかぁ。もう最後か……」


 あれ程のらりくらりしてきた俺だが、ここにきて感慨深い気持ちになる。

 そんな気持ちに耽っていると……


「オッス! 荒川! 何の話してるんだ?」


 そう言って豪快に笑いながら話しかけてきたのは、俺の初めての親友となった男────山波やまなみ光輝こうき

 実は、俺と同じで小松さんを想っている者の1人だ。


「おはよ、光輝。今、小松さんと体育祭のことを少しだけ」


「そっか。もう俺らはこれで最後の行事だもんなー」


 やはり皆、"最後の行事"ということを意識しているようだ。


「それでさ、荒川はもう種目決めたのか?」


「みんなどれだけ俺の種目知りたいんだよ……」


「で? どうなの?」


「いや、決まってないけど……」


 このやりとり、さっきもやった気がする。


「じゃあちょっと耳貸せ!」


 俺は光輝の言葉通り、耳を近づける。


『俺と勝負しないか? 荒川』


『何の勝負だよ?』


『小松さんにどっちが告白するかの勝負だ』


 俺が眼を見開くのと同時に、光輝がニヤリと笑みを浮かべる。


『やるとしても……どうやって?』


『体育祭の個人種目で決めようぜ。そうだな……100mと1500m、後は障害物競走の3本勝負でどうだ?』


 正直なところとても迷う。

 俺の運動に関しては至って平凡。

 それに対し、光輝は学年、いや、学校一とも言われる程のスポーツ実力者。

 勝てるのか……?この俺が光輝に……


『何だ? お前の愛はそんなものなのか?』


『うるせぇ。あぁ分かった、やってやるよ! お前こそビビって逃げ出すなよ?』


『じゃ、決まりだな』


「荒川くんと光輝、何話してたの?」


「あぁ」


「それはな」


「「おとこと漢の勝負についてだ」」


 くして、俺と光輝は最後の青春を懸けて対決することとなった。

 そしてそれから1ヶ月程が経った6月下旬、遂に人生最後の体育祭が始まる─────

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