第38話 相談
とある平日、兼近さんは早退してしまった。
朝は真面目に登校していたが、気が付くと帰っていたのだ。
メッセージを送ってみると『眠い』の一言だ。
なんて自由な人なんだ。学校に来るだけマシだが、一日ちゃんと居た試しがない日が続いている。ギリギリの単位をキープしているようだが、本当に大丈夫なのだろうか。少し心配だ。
「あれ? 冴島くん。兼近さんは?」
速水さんは俺に聞いた。
「えっと、帰っちゃったみたいです」
「またか。残念」
「残念って?」
「いや、最近まともに話してなかったからさ。近況報告がてらゆっくり話したかっただけ」
「そうですか。なら俺の部屋に来れば話せると思いますよ」
「それもいいけど、女子同士で話したいこともあるし」
俺がいるとマズイ話なのだろうか?
逆にその内容が気になるところだ。
「まぁ、大した話じゃないんだけどね。そうだ。冴島くん。放課後、予定空いているかな?」
「え? まぁ、空いていますけど」
「丁度良かった。じゃ、付き合ってもらえるかな?」
「はい。えっと、何を?」
「やだなぁ。ただの勉強だよ。また冴島くんの勉強法とか教えてもらえたらと思って」
「な、なんだ。そういうことでしたら付き合いますよ」
「まぁ、それもあるんだけど。一つ相談があるんだよね」
「相談?」
「そういう訳だから放課後、よろしくね」
放課後まで俺はその相談というのが気になって授業に集中出来なかった。
そして念願の放課後だ。
「じゃ、行こうか。冴島くん」
「はい。えっと、また俺の部屋に行きますか?」
「冴島くんの部屋だともれなく兼近さんが付いてくるでしょ? 今日は外で過ごすつもりでいいかな?」
「はい。構いませんけど」
俺にしか言えない相談か? 余計に気になってきた。
だが、速水さんはいつも通りで悩んでいる様子は感じられない。
前を歩く速水さんを追いかける形で俺は後ろを歩く。
「速水さん。あの、どこに行くんですか?」
「ん? 別に決めていなかった。どこに行こう?」
「決めていないのに早歩きで進んでいたんですか?」
「嘘、嘘! とりあえずここでいいかな?」
速水さんが立ち止まったのはハンバーガーチェーン店だった。
「ここなら勉強も出来るし、お腹空いたら注文すれば食べられるし、学生の私たちにとって強い味方だと思うよ。いいよね?」
「はい。俺は問題ないです」
友だちとハンバーガーショップで勉強か。
こういう当たり前の日常が俺にとってほしいイベントだったのかもしれない。
店内は学生で溢れていた。流石、学生の味方とも言える店だ。
「お! ラッキー。角のテーブル席空いている。あそこにしようか」
「はい。そうですね」
荷物を置いてとりあえず飲み物と摘まめるポテトを注文して席に戻る。
「あの、速水さん」
「ん? 相談というのは?」
「あぁ、そうだったね。別に大した内容じゃないよ」
「でも兼近さんに聞かれるとマズイ内容ってことでしょ?」
「んー。出来れば聞かれたくないかなってだけ」
「それでその内容というのは?」
速水さんはポテトを摘みながら軽い口調でこう言った。
「実は私、高校を卒業したら留学をしてみようかなって思うんだ」
「り、留学ですか? またどうしてそんなこと?」
「うん。私、世界遺産に登録されている建造物が昔から好きなんだよね。どうやって作ったんだろうって興味があってさ。だから将来は歴史に残る建造物の制作に関わることがしたいんだよね。その為には留学して世界を知っていきたいと思っているっていうのが留学を考えた経緯……かな」
「……立派だと思います。まさか速水さんがそんなことを考えているなんて知らなかったです」
「言うつもりはなかったんだけど、冴島くんは私のリア友だから一応聞いてもらおうと思ったんだ」
「でも、何で兼近さんには言いたくないんですか?」
「言いたくない訳じゃないの。まだ考えがうまくまとまっていない段階だから変な心配はさせたくないかなって思っただけ。逆に冴島くんは迷惑掛けても良さそうな感じがしたから言っちゃった」
「はは……。まぁ、俺としてはいくらでも迷惑をかけても構いませんけど」
「そう言ってくれると思った。それで冴島くんの意見を聞かせてくれたら嬉しいなって。どう思うかな?」
「どうと言われましても……」
俺の発言で速水さんの人生を変えてしまうと考えると責任重大だった。
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