第5話 初めての治癒魔法

 異世界に転移した翌朝、私はドアをノックする音で目を覚ました。(このベッドと布団は寝心地が最高だね!)


「はぁ~い」


 もう少し眠りたい欲望を押さえ込み、ベッドから起き上がりトイレの前室にある化粧室で顔を洗い目を覚ます私。(おお、ここのタオルだけど手触りいいねぇ。あとでメイドさんに言って一枚貰っちゃおっと)


 ついでにトイレも済まして部屋に戻ると昨日のメイドさんが朝食の準備をしてくれていた。


「おはようございます、奏様。すぐに朝食の準備が出来ますので椅子に座ってお待ちください。先にお飲み物をお出しします」


 今日もピンクの髪を編んで肩の前に垂らしている可愛いメイドさん。昨日の夕食でずっと話をしていたので仲良くなった。

 そのメイドさんの名前はカリーナ。18歳で背は私よりだいぶ高い165cmで細身。だけど私と違ってお胸様がご立派だ。それはもう鷲掴みしたいほどに。(ぐぬぬぬ、私もこれから大きくなるもんね!神様お願い!)


「カリーナさん、おはよう。今日も美味しそうだね。あっ、飲み物だけど牛乳あるかな?」


(少しでも努力して大きくするのだ!)


「ふふ、牛乳もありますよ。ここに」


 そう言って自分の胸を両手で持ち上げ揺らすカリーナさんは誇らしげだ。(コイツ、私がお胸様を凝視してたの気が付いてたな)


「ふふふ、それは私への当て付けですね。では遠慮なく吸い付きますよ?モミモミ付きで」


「あら?女性がお好きな方でした?」


 可愛い垂れ目の笑顔で話をするカリーナさんはとてもチャーミングで面白い。そして私も釣られて笑いながら返答をした。


「ふふ、カリーナさんが好きなんです。男性だったら良かったのにね」


「ふふ、私は構わないですよ?」


(お前‥‥どないせーちゅうねん!)


 そんなやり取りをしながらもカリーナさんの手は止まらない。いつの間にか私の前には美味しそうな朝食が並んでいる。もちろんコップにたっぷり入った牛乳付きでだ。


「牛乳は絞りたてのホヤホヤです。甘くて美味しいですよ。うふふ」


(何から絞ったの?その笑顔はなに?)


 そんな感じで美味しい朝食を済ませた私はソファーに座ってのんびりしている。(牛乳はどうだったのだって?普通に美味しかったよ)


「奏様、本日お昼前にダジール王との謁見がございます。その時に着る服をあとで持って参りすので、それまでゆっくりして下さい」


「はーい、判りました」


 朝食の後片付けを済ましたカリーナさんはそう言って部屋をあとにした。今は8時くらいだろうか?この部屋には時計が無いので時間が判らない。


 私はソファーから立ち上がり窓がある場所へと歩いていく。外を見るのは二度目だが、昨日は夜だったので今日が初めて見る異世界の景色となる。窓際まで来た私は期待を込めて窓を持ち上げ外を見た。


 その窓から見えた景色は凄かった。真下は綺麗に刈り整えられた芝生が生えていて、色彩豊かな花達が花壇に所狭しと咲いている。その遥か先には高い城壁があり、その城壁を取り囲むように広大な城下町が栄えていた。


「うわー、あの街に行ってみたいな!」


 私の記憶からダジール王との謁見はぶっ飛び、城下町の事しか考えられなくなっていた。あの高い城壁が無ければ窓から飛び出して城下町目掛けて駆け出していただろう。


(もう行く?行っちゃう?あー、もう辛抱堪らん。どうにかしてよー!)


 そんな私は自分でも気が付かないうちに窓枠へと手を掛け、庭に飛び降りようと身を乗り出していた。


「おーい!そこの嬢ちゃん。危ないですよ!すぐに体を引っ込めなさってくだせぇ」


 敬語のようでそうじゃない言葉は私の部屋の真下から聞こえてきた。私は窓枠から身を引っ込めて肩から上だけ出して下を見た。

 そこに居たのは首に汚れたタオルを巻いて麦わら帽子を被ったお爺さんだ。その手にはハサミが握られている。たぶん庭師なんだろう。


「こめんなさーい。飛び降りるつもりはなかったの。ただ、ここから見る景色が素晴らしくて気が付いたら窓から身を乗り出してたの」


 私がそう謝ると満面の笑みで麦わら帽子のお爺さんが言った。


「それなら良かったです。それとこの庭を誉めて頂いて、ワシゃあ嬉しいでさぁ。ここの庭はワシが愛情を込めて育てたんでさぁ。この花を見てくだされ。小さい花じゃが元気に咲いてるじゃろ?これにはコツがあってな‥‥‥」


 何処の世界でもご老人の話は長いと知ることが出来た私は再び窓枠に手を掛けて身を乗り出した。下の庭に飛び降りる為に。(お爺さん、そのお花、小さすぎて見えないよ?)


「じょ、嬢ちゃん!また体を窓から乗り出して何をする気なんじゃ!早く戻れ!いや、お戻りになってくだせぇ!」


 私を見て焦った言葉を投げ掛けるお爺さん。飛び降りる私を受け止めようと手に持つハサミを遠くに放り投げ、両手を広げて部屋の真下に来て右へ左へとウロウロしていた。


「ふふ、お爺さん、私は大丈夫!」


 私はそう言って窓枠から完全に外に出ると、ひとつ下の部屋の窓枠へと飛び降りる。人目を気にしなければ簡単なものだ。私は降りた窓枠に足を掛け、落ちる勢いを和らげてから、また下の窓枠へと飛び降り今度はその窓枠を足蹴りし、柔らかそうな芝生の絨毯の上に着地した。(うん、素晴らしき運動神経だね!)


「あわわわ、こりゃあ驚いた。あんな高い所から飛び降りて平気だなんて。ってなんて無茶をするんだ!死んだら両親が悲しむだろ!今度ワシの前で同じ事をしてみろ。ただじゃあ済まさんぞ!いや、済まさんでございます」


 最後に少しだけ敬語らしき事を言って怒るお爺さんは、驚いて腰が抜けたのか地ベタに座り込んでいた。(驚かせてごめんね)


「あの、お爺さん大丈夫ですか?それと、変な敬語は不要ですよ?気にしませんから」


 私は心配になりお爺さんの側に来て腰を下ろして話し掛けた。そのお爺さんは私を少しだけ恨めしそうに見てから答えてくれた。


「そうか?それは助かる。ワシは肩苦しい話し方が苦手でな。それでワシが大丈夫かじゃと?そんなもん見たら判るよな?大丈夫じゃないわい!あんな高い所から飛び降りやがって死ぬ気か!死にそうなのはワシの方じゃ!」


 そんなに腰が痛いのか、それとも私を心配してくれているのか話の内容が無茶苦茶だ。少しだけ反省した私はお爺さんの腰に手を当てて聖女の力を使った。それは治癒魔法。その使い方は難しい詠唱などなにもない。

 ただ、治癒を施す為の言葉を言えばいい。それも自分が思い描く治療をする為のキーワードでどんな言葉でも問題ない。だから私は単純にこう唱えた。


「お爺さんの悪いところを全て治して」


 するとお爺さんの体が白い光に包まれる。それは時間にすると僅かなものだった。


「ん?これはいったいどういうことじゃ!」


 そして聖女の治癒魔法を受けたお爺さんはそう言って飛び起き私を鋭く睨むのだった。


(えっ?失敗したの?怒ってる?)


 さて、結果はどうだったのだろうか。

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