「くらえ! シャークスティンガー!」


「よっと」


「隙あり! アクアインパクト!」


「ほい」


「ぬぐぐ……! ならば必殺、デストロイウェーブ!」


「ふーん、こんなもんか」


 次々と繰り出されるサメシャークの攻撃を鮫島さんは事も無げにいなしてみせる。薄々そんな気はしていたが、多分この人めちゃくちゃ強い。僕が下手に手を出すとかえって足手まといになりそうだ。猫耳娘が逃げ出さないように見張りつつ、その戦いを見守ることにする。


「にゃにゃー! がんばれサメシャーク! 死神なんかに負けるにゃー!」


「新藤君、その猫切っといていいよ」


「え、いいんですか?」


「にゃ!? が、がんばれ鮫島ー! 悪霊なんてやっつけちゃうにゃー!」


「……ほう? お前、鮫島というのか。良い名だ」


「げ、ばれた」


「どうだ? 同じ鮫の名を冠する者として、一緒に海の王者を目指してみないか?」


「目指さないし! あんたみたいな変態悪霊に好かれても嬉しくないっての!」


 そう言って鮫島さんは鎌を振り払う。しかしサメシャークはその強烈な一撃をどうにか受け止めた。ふざけた格好と態度をしているが、大口を叩くだけの実力は持ち合わせているらしい。


「さーめさめさめ! ますます気に入ったぞ、鮫島。吾輩が勝ったらお前には吾輩のお嫁さんになってもらうのであーる!」


「うぇぇ……最悪……!」


「なんか大変そうだな……」


「にゃー……あれはさすがにちょっと同情するにゃあ」


「しかしこのままでは吾輩に勝機はない……。かくなるうえは!」


 するとサメシャークはくるりと振り返りこちらに向かって猛ダッシュで突っ込んできた。その口が大きく開きずらりと並んだ鋭い歯が覗く。


「そこの悪霊! お前を食ってパワーアップするのだ!」


「にゃ、にゃにー!? こっち来るにゃー!」


「くっ、させるか!」


 僕はとっさに持っていた鎌でサメシャークの噛みつきを受け止める。いくら悪霊とはいえ女の子が鮫に食いちぎられていくのを間近で見たくはない。しかしサメシャークの勢いは弱まることなく、その鋭い歯をガチガチ鳴らしながら僕を押しのけようとする。


「ぐぅ……! こいつ、力強ぇ……!」


「ひゃまふるなひにかみほのに! ほこをろけ!」

(邪魔するな死神その二! そこをどけ!)


「し、新藤!」


「あ、やべ。えーと……あ、あったあった。呪詛——首吊り」


「がふ!?」


 鮫島さんが何かをつぶやいたと思ったら、急にサメシャークが喉のあたりを抑えて苦しみ始めた。アスファルトの上でのたうち回るその姿はどこか陸に打ち上げられた魚を彷彿とさせる。よく見ると鮫島さんの手にはお札のようなものが握られていた。


「こ、これはいったい……?」


「対悪霊用の戦闘補助具だよ。といっても高いし使い捨てだからめったに使わないけど」


「え、でもそういうのって経費で落ちるんじゃ……」


「……会社員にもいろいろあるのよ」


「えぇ……」


「しゃああああく!」


 僕らが話している間にサメシャークは再び立ち上がる。どうやら気合で持ち直したようだ。思っていたよりもだいぶ化物じみた奴らしい。


「はぁ、しつこい男は嫌いなんだけど」


「さーめさめさめ! 吾輩は強気な女は嫌いではないぞ!」


「うっさい、死ね!」


「もう死んでおるわ!」


 鮫島さんとサメシャークが交錯し、一瞬の静寂が訪れる。膝をついたのはサメシャークだった。


「ぐ、ぐふ……見事であったぞ、鮫島……。海の王者の座はお前に譲ろう……」


「いや、いらないし」


「さーめさめさめ……最後まで、つれない女であーる……だが、そこがいい……」


 そう言い残してサメシャークは消滅した。


「き、消えちゃったにゃ……」


「これが悪霊の末路よ。力を持ち過ぎればいずれ消される。さて、あなたはいったいどんな末路を迎えるのかしらねぇ?」


「ひぃ!? こ、こうにゃったら……秘技・ネコニコバーン!」


「うわ!?」


 猫耳娘がいわゆるダブルピースのポーズをとると突然眩い光が放たれる。視界が戻ってくる頃には彼女はかなり遠くまで走り去っていた。あいつ、こんな技を隠し持っていたのか。


「あ、待てこら! 行くよ新藤君!」


 そう言って鮫島さんは凄まじい速さで追跡を開始する。さっきまで悪霊と戦っていたとは思えない見事な走りっぷりだ。どうにかその後を追おうとするが、僕の足では到底追い付けない。数百メートル走ったあたりで僕は息切れして、気づいた時には二人を見失っていた。死神も結局体力勝負か……僕なんかがやっていけるんだろうか……と、そんなことを考えながらとりあえず鎌を杖代わりにして息が整うまでゆっくり歩くことにする。多分こっちの方角だと思うんだけど、あまり地上に詳しくない僕が動き回ると逆に合流しづらいかもしれない。鮫島さんが戻ってくるまでここで待っていよう。そう思ったその時だった。

 交差点の角から現れた少女と目が合った。十歳くらいだろうか、絵本に出てくるお姫様みたいなフリフリした水色のドレスを着ている。こういうのが地上では流行っているんだろうか。だがあまり地上に詳しくない僕から見てもその格好はかなり場違いなように思える。すると彼女は一瞬動きを止め、そして数歩後ずさった。その反応を見て僕は自分が手にしている鎌に気づく。


「あ、いや、これはその、あくまでただの仕事道具っていうか……」


 しかし少女は僕のしどろもどろの返答を最後まで聞かずに走り去ってしまった。これ、ちょっとやばいかもしれない。不審者と間違われてたりすると相当厄介なことになるんじゃないか。しかしそこまで考えて僕はあることに気づく。

 そもそもあの子はいったい? 僕らの姿は人間には見えない。そして人間以外でこの地上にいるのは、死神と悪霊と自我を持たない善良な魂だけだ。だとすると、あの子は——。

 迷いはある。だけどそれに気づいてしまった以上は確かめなければならない。インターンとはいえ、今の僕は死神なのだから。鎌を携え、僕は少女の後を追った。

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