お金を貰い、仕事をするのだから社畜になって何が悪い!>yes or no?
ぴこたんすたー
第1話 彼女との出会いのきっかけ、それは……。
セミが鳴く夏の夕暮れ、黒いスーツ姿の僕は手のひらサイズな箱から細くて長い物を取り出し、喫煙所がある会社の屋上で一時の余韻にひたっていた。
「
『ギィ……』と鳴るドアの開閉音が聞こえる限り、またあの口喧しくて、お節介なあの先輩が来たらしい。
「やっぱりここに居た。渓口君、またこんな所で煙草なんか吸って。体に毒だよ」
「いいじゃないか
170の中肉中背に肩まである黒髪を後ろに束ねた
彼女との勤務歴は長い。
大卒から即この会社に就職した矗晃が二年という浅い勤務歴に対し、彼女は十年近くも勤務している大先輩でもある。
140という背丈のなで肩で切り揃えたサラサラとした茶髪には緩やかなパーマがかかっていて、30とは思えない美人な顔立ちで、おまけに胸もそれなりにあり、スタイルもいい。
貴崎さんに告白し、玉砕する男も数知れずだが、彼女の話によると心に決めた男がいるらしい。
こんな可愛い女性を放っているなんて罪深いヤツめ。
「これは僕の罪滅ぼしなんだ」
矗晃は煙草の煙を大きく吸い込み、肺を満たす。
「いつもそれだよね。本当はニコチン中毒で止められないくせして」
「ほっとけ!」
この貴崎さんは、どうしてここまでして僕をからかうのだろうか……。
◇◆◇◆
──話は少し遡る。
ここはクリエイティブウエーブ広告有限会社。
依頼人から頼まれた広告をWebに載せる作業が大半なPC作業が主で、ここに入社して二週間目が過ぎた。
時刻は10時。
会社の窓からは闇が広がっていて、今は朝ではないことが嫌ほど分かる。
そう、今日も矗晃は仕事が終わらず残業であった。
「おい、渓口。この書類も片付けとってくれないか」
「またですか?
このバーコード頭なメタボな中年上司、花田先輩はいつも無理を矗晃に押しつけてそのまま帰ろうとするとんでもない上司でもある。
「まあまあ、いざという時はこの会社の仮眠室使ってよ。そのための部屋なんだからさ」
その仮眠室はいつも若いアルバイトや仲間による溜まり場になってるんだけどね。
スマホの課金ゲームで遊んでいて、課金する度に聞こえるベルの音が耳に障る。
それだけで済んだらまだ良い方だ。
ギャル風におめかしした女の子たちはLINAに熱中してるせいか、その着信ベルの音がしょっちゅう鳴る。
この騒音騒ぎに眠れる図太い神経を持っている方が普通じゃない。
はっきり言わせて、あの部屋は仮眠室じゃない。
家に帰りたくない子供たちがキャイキャイ騒ぐ託児所もとい動物園だ。
「──じゃあ、後よろ!」
「ちょっと待って下さい、花田先輩」
よし、今日こそはガツンと言ってやる。
矗晃は猫に立ち向かうネズミらしく覚悟を決めた。
「こういう時は上司が率先して作業をやるもんじゃないんですか?」
矗晃は花田先輩から渡された書類の束を先輩の前に押しつける。
「はははっ。部下がそんな調子じゃ立派な上司になれないぞ? 早く俺たちみたいにジャンジャン稼ぎたいだろ?」
「つまり、若いうちの苦労は買ってでもしろということですか?」
「おう、よく分かってんじゃん。こりゃ将来は有望になるな」
「花田先輩も有望なんですか?」
「ああ。だからこうやって早く帰れる訳じゃん。じゃあな!」
花田先輩は背中越しに大きく手のひらを振りながら帰っていった……。
◇◆◇◆
「渓口くーん?」
矗晃の背中にひんやりと伝わる感触。
「ひゃっ! 冷たい!? 何のつもりですか!?」
「あははっ、ごめん。バニラアイスでも食べる?」
ロングヘアの黒髪の女性が矗晃のデスクにアイスのカップを置く。
「えっ、貴崎さん?」
「そうだよ、私の名前覚えてくれて光明の極みかな」
「あの……。意味分かって言葉選んでます?」
「いんや。でも何か光明とか口に出したら頭良さそうなイメージじゃん」
貴崎自身の名言? による『明るく行き着く所』の何がおかしいのか、彼女はゲラゲラと笑い、矗晃のデスクの横にある席に座り、アイスの入った丸い蓋を開ける。
矗晃にはいきなり現れた彼女が天使のように思えた。
「ん? どうしたん。早く食べないとただの甘い牛乳になるよ?」
「貴崎さん、どうして僕なんかに?」
「いや、後輩がこんな遅くまで仕事してるの見て、私が何とかしてあげたいなって」
「ありがとう貴崎さん」
そうか、みんながみんな花田先輩みたいな上司ばかりじゃないんだ。
だよな、そんなんだったら会社の売り上げに左右するし……。
「はーい。それで分からない所とかある? 今日は私も残業だからさ」
貴崎が深夜テンションで大きく声を張り上げる。
まあ、この場所には僕ら二人しかいないから気にはならないけど。
「私、昔は経理事務やっていた時期があってPC作業は得意分野だからさ。ちょっちょいと手伝ってあげる」
貴崎がアイスを片手に矗晃から器用に書類を半分取って、後方の席に戻っていく。
入社して二週間目、これが矗晃と貴崎との初めての出会いだった……。
****
「──ふう。貴崎さんも最初は親切な先輩と思っていたけど、あっこまでしつこく迫ってきたらなあ……」
入社して二年が経ち、ある程度の仕事は覚えてきたつもりだが、元が脳筋だけあり、未だにPC作業になれない。
そんなこんなでずっと残業の毎日だけど、その度に貴崎さんが手伝いに来るんだよな。
異性に色々と気を使いながら仕事をするのも大変だよ。
──貴崎がオフィスに戻ったのを確認し、矗晃は会社の屋上で煙草を吸いながら、今夜の仕事の割り振りを考える。
「どうしたんですか、センパーイ?」
僕の背中を指でつつく感触。
「この空気を読まないノリとツッコミは
「えへっ、センパイにはお見通しですね」
僕の肩くらいの身長で、茶髪のウエーブがかかったロングに、ピンクのリボンを着けた高卒の美少女である
灰色のスーツからでも分かるたわわな膨らみは男心を狂わせる。
彼女、今年の春にここに入ったばかりで、まだ18とか言ってたな。
最近知ったんだけど、ここの会社は大卒でなくても入社できるんだな。
「それよりもセンパイ。そんな思い詰めた顔して何に悩んでます? もしや、恋バナですかあ?」
「夏菜美ちゃんは能天気でいいなあ」
「元気だけが取り柄ですからね!」
「その元気を僕に分けて欲しいよ」
「きゃはは。センパイ、ジジクサイですよ!」
「人間とは常に老いる生き物なんだよ。夏菜美ちゃんもそのうち分かるさ」
「はいはーい! じゃあ、あたし老いないように必死に頑張りまーす!」
僕は夏菜美ちゃんとのいつものコントを終わらせ、煙草を備え付けの灰皿に揉み消して、職場に戻ることにした。
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