第784話 君は強い刺激を求め過ぎちゃいないかい?

「今日はここまでにしましょうか……そしてさっきも言ったけれど、武闘大会で満足のいく結果を残せた生徒も残せなかった生徒も、これからの努力次第で来年の武闘大会の結果が確実に変わってくるわ。そのことを肝に銘じて、また頑張っていきましょうね……それじゃあ、解散」


 くぅ~っ! やっぱりエリナ先生の授業は最高だなぁ!!

 嗚呼、エリナ先生の凛とした美しい声が、この全身を優しく包み込んでくれている……まさに極楽。

 この幸せをいつまでも……いつまでも味わっていたい……

 ここで、もしかすると君は「ただ単に、授業を受けただけで感じ入り過ぎでしょ」って思うかもしれない。

 確かに、君の指摘は正しいと言えるだろう。

 でもね、ほかの誰でもない……あのエリナ先生なんだよ! 分かるかい!?

 前世で幸せホルモンとか言われていた、えぇとなんだっけ……そう、ドーパミンだ! ドーパミン!!

 エリナ先生の声を聞いているとね、俺の脳内で分泌されるドーパミンがそれはもう! 凄いんだよ!!

 そこで君は重ねて、こう問うかもしれない「そうはいっても、声でしょ? しかも内容だって、単なるお勉強でしかないし……」ってね。

 まあ、本来学ぶことっていうのは楽しいことなんだ……と言っても、勉強に面白みを見出せない子には響かないかもしれないので、今は言わないでおこうか。

 そこで、俺が真に言いたいことはね……「幸福感を得るために、君は強い刺激を求め過ぎちゃいないかい?」ってことなんだ。

 片想いの美学の実践者たる俺としてはね、そこまで強い刺激を必要とせずとも幸せでいられるんだ。

 エリナ先生の美しいお姿を拝見するだけ、お声を拝聴するだけ……もっと言えば思い浮かべるだけで、じゅうぶん幸せでいられるんだ。

 だから「もっと! もっと!!」と外部に刺激を求めてしまう子たちに伝えたい……「幸せは、既に君たちの内にある」と。

 まあね、この心境に至るには、片想いの美学を深く学ぶ必要があるだろうし……そう言う俺だって、先を行く覚者たちからすれば、まだまだ浅いところで理解した気になっているだけだと言われてしまうかもしれない。

 フッ、片想いの美学もね……奥が深いのさ。


「……おいアレス、気分よく浸っているところ悪いが……そろそろ戻って来い」

「それにこのままだと、お昼の時間が過ぎてしまいますよ? アレスさんにも、約束があるのでしょう?」

「……ん? おぉ、そうだったな……声がけに礼を言おう、ありがとう」

「いや、気にするな」

「それでは、中央棟へ向かいましょうか」


 そうして、ロイターとサンズと共に中央棟へ移動を開始。

 ただ、昼食の約束自体は3人それぞれ別なんだけどね。

 そのため、ロイターたちからすれば、単に俺があのままイメージの世界に浸り続けて約束をすっぽかしてしまうのを見かねただけって感じだろうね。

 といいつつ、俺もちゃんと戻って来れたとは思うけどね。


「そう高をくくっておきながら、約束を破って信用を落とすわけにもいくまい?」

「それに、ここぞとばかりに『貸し』にしようと考える人だっていないとも限りませんからねぇ?」

「うげぇ……それは面倒そうだ……」

「まあ、侯爵家のお前を相手に過剰な要求をしてくる猛者など、そういるものではないだろうがな」

「そうですね……埋め合わせとして、1日デートがギリギリいっぱいと言ったところでしょうか」

「なんと……食事を1回すっぽかしただけで、1日拘束されてしまうかもしれないのか……それは気を付けねばなるまい……」

「まあ、令嬢たちとしても人生を賭けてデートに臨むわけだからな……それでコロッといかされてしまった先輩たちも、それなりにいたと耳にしている」

「それで家格の低い相手を選んでしまった場合……よほど上手く立ち回らない限り、だいたい後継者争いで負けてしまうんですよね……」

「なるほど、後ろ盾となる嫁の実家の強さが勝負の鍵を握るってわけか……まあ、ソエラルタウト家は兄上が継いでくれるので、俺には関係ない話だがな」

「……もう忘れたのか? この前、エトアラ嬢はお前を婿に迎えることで、トキラミテ家の後継者争いを有利に進めようとしていたのを……まあ、あの話はセテルタとの仲を取り持つことで上手く収めることができたが……」

「ええ、後継者争いをしているのは、その家の男性だけではありませんからねぇ……」

「そうだった……エトアラ嬢とセテルタのカップリングが最高過ぎて忘れていた……」

「まあ、家格はもちろん、こうして順調に実績を積んで行っているお前を婿に迎えることができたら、勝ちは決まったようなものだからな……自由を謳歌したいのであれば、気を緩めないことだ」

「そうおっしゃるロイター様も、お気を付けくださいね?」

「サンズよ……お前も、他人事ではないのだろうからな?」

「「「……ハァ」」」


 そうして、3人同時に深いため息を吐いた。

 ホント……後継者争いっていうバッチバチの刺激は、マジでノーサンキューだからね……

 嗚呼……俺はピュアな想いを秘めたまま、片想いの美学の実践者でいたいものだよ……

 そんなこんなで待ち合わせ場所に到着し、俺たちはそれぞれ約束していた相手のところへ向かうのだった。

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