第541話 寝ても覚めても

「お姉さん、それは美しき響き……お姉さん、それはこの世の宝……すべてのお姉さんに幸あらんことを!! ……おはよう、キズナ君!!」


 というわけで、キズナ君と朝の挨拶を交わす。

 そして、みなまでいう必要もないかもしれないが……目覚めは爽快だった。

 それもそのはず……昨日はとても素晴らしい姉と弟の恋物語を目にすることができたのだからね!!


「はぁ……何度思い出しても、昨日の夜会は素晴らしかった……ねぇ、キズナ君……君もそうは思わないかい?」


 そんな感じで、昨日の夜会が終わり、部屋に帰って来てから寝るまでのあいだずっと、エトアラ嬢とセテルタのカップリングが成功した話をしていたのだ。

 まあ、何度も繰り返していたこともあって、キズナ君としてはややうんざりした気分になっているかもしれないけどね……

 ……ああ、でも、キズナ君と俺は心が通い合っているし、きっと同じような気質の持ち主だろうから、姉と弟の恋物語を嬉々として何度だって聞くし、何度だって語り合いたいと思ってくれていることだろう! うん、そうに違いないっ!!


「しかもさ、取り巻きたちもそれぞれ密かに想いを育み合っていたとか……マジかよ! って感じだよねぇ?」


 でもまあ、考えようによっては、あり得なくはない話だったかもしれない。

 彼らにとって、たとえ罵り合いだったとしても、何気に一番多く接していた異性が双方の派閥の構成員だったって可能性もあるだろうしさ。

 しかも、中には「今度会ったときは、こんなことをいってアイツをギャフンといわせてやろう……」とか日々考えていた奴とかもいただろうし、そうなってくると「いつのまにか、寝ても覚めてもアイツのことばっか考えるようになってしまっていた……」みたいな状況に陥っていたとしても、不思議じゃないもんね!

 加えて、言い合いがヒートアップしていく……それはつまり、感情が動いたということでもあるわけだから、そりゃあいろんな意味で、どんどん想いが強まっていくってなもんだよね!!

 そんなこんなで、昨日の興奮と熱気が一晩経っても冷めやまぬまま着替えを済ませた。


「それじゃあ、キズナ君! 朝練に行ってくるよっ!!」


 なんて、軽やかな気分のまま、いつものコースへ向かう。

 そして向かった先には、いつもどおりファティマがきゅるんとまぶしいフェイスを輝かせていらっしゃる。


「よう! 今日は闇の日なのに、明るく清々しい朝だな!!」

「おはよう……これ以上ないぐらい、心身ともに晴れやかといったところかしら」

「おうともさ! 昨日は最高の1日だったからな!! いやぁ、とても素晴らしく、良きものを拝見させてもらったもんだよ! まったくぅ!!」

「ふふっ……だからいったでしょう? 大丈夫だって」

「ああ、ファティマのいうとおりだった!」

「あの2人、とってもお似合いだったもの……だから、あとはきっかけだけだと思っていたわ」

「フッ……そのきっかけになれたのなら、嬉しい限りだな!」

「ええ、間違いなくあなたがきっかけよ」


 この俺が、姉弟的カップリングをプロデュース……

 いい……実にいい……


「フフッ……フフフフフ……」

「……昨日、ロイターとサンズにも指摘されていたけれど……それ、なかなかに気持ち悪いわよ?」

「フフフ……フフ? ……ゴホン……ん? どうかしたか?」

「……まあ、いいのだけれどね」


 そんなふうに呆れつつ、ファティマも軽く笑っている。

 まあ、ファティマもそれなりに成功の余韻に浸っている……ということなのだろうさ。


「それにしても、俺は昨日セテルタたちに『新しく家を興せ』といったが……実際のところ、これからどうなっていくんだろうな?」

「そうねぇ、両家の当主がどう判断するか……このまま王女殿下の勢いに乗るつもりなら、どちらかの家の後継者に選ばれると思うわ」

「おぉっ、なるほど!」

「ただ……もしかすると今度は……あの2人を嫁か婿のどちらにするか、その取り合いで両家が揉めるかもしれないわね……」

「えぇ……ウソだろ……」

「いえ、じゅうぶんあり得ると思うわ……というか、王女殿下が王位を継げば、あの2人を得た家のほうが格上になるでしょうからね……」

「えぇ……」


 マジかよ……それならやっぱ、俺が勧めたとおり新しく家を興したほうがマシなんじゃ……


「きっと両家は、あの2人を手放してくれないでしょうねぇ……」


 だから、俺の心をスラスラと読むんじゃないよ、まったく……


「まあ、どんな形にせよ、あの2人が一緒になれることには変わりないし、覚悟も決まった……これからどんな困難があろうと、きっと2人で協力して乗り越えていくわ」

「ま、まあ、それはそうだな……」

「それに何かあったら、きっかけであるあなたも力を貸すでしょうから、きっと大丈夫」

「おいおい、期待してくれているところ悪いが……俺個人としての戦闘力はともかく、政治力なんかはないぞ?」

「あら、それはどうかしらね?」

「えっ……?」


 なんか……ファティマさんが恐ろしいことをおっしゃっているぞ?

 う、うん……聞かなかったことにしておこう。

 ほ、ほら、難聴系異世界転生者の先輩諸兄に倣って……ね?

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