第537話 ここが勝負所

「……アレス殿とのダンス、なかなか楽しめましたわ」


 そんなことをいって……ダンスのあいだ、ずっと遠い目をしていたくせに……

 本当は踊りたい相手がいるんじゃないのか?

 そう思いつつ、その相手だと俺が考えている男のところへ、それとなくエトアラ嬢を誘導する。


「……ダンスを踊り終えたばかりだというのに……次はどこへ、わたくしを連れて行こうというのかしら?」


 そこで、エトアラ嬢が不審がり始めた。

 心配せずとも……もう着いたさ。


「……アレス? えっと、どうしたの?」


 エトアラ嬢を連れた俺が急に向かってきたことで、セテルタが多少の戸惑いを見せる。

 さあ、君たちの本当の物語を始めよう。


「セテルタ、お前もエトアラ嬢と踊ってみたらどうだ?」

「……なッ!? 何を、アレス……いっているんだい?」

「エトアラ嬢と踊れといったんだが?」

「……ち、ちょっとごめん、言葉がキツくなるかもしれないけど……君が何を考えているのか、さっぱり理解できないんだ……どういうつもりなのかな? それに君だって、我がモッツケラス家とトキラミテ家のことをある程度は知っているはずだよね?」

「ああ、それなりに聞いてはいるな」

「……それなら! そんなことできないってことぐらい、君にだって分かるよね!!」

「ああ、分かる……が、分からん!!」


 まあ、暗黙の了解的には分かるよ?

 でも、「できない」っていう部分について、分かるつもりがない。


「なんだよそれッ!!」

「……アレス殿、確かにわたくしは、あなたがある程度自由に振る舞うことを許しましたわ……ですが、これはその限度を超えている……そうは思われませんでしたの?」

「ああ、確かにエトアラ嬢、あなたはそんなようなことをいっていたっけか……だが、それがどうした? 俺は、アレス・ソエラルタウトだぞ! なぜこの俺が、そなたのいうことなど聞かねばならん!! 少し甘い顔をしていれば、付け上がったか!!」


 ここが勝負所と判断し、バリッバリに魔力を解放し、エトアラ嬢にぶつける。

 また、エトアラ嬢もそれなりに耐えられるようなので、気を失わない程度に、だけど強めにいっちゃう!

 まあ、そうじゃないと威嚇に迫真さがなくなっちゃうからね……


「……やめろッ!!」


 勝った……!!

 セテルタがエトアラ嬢を守るように、俺の前に立ちはだかった!

 やったよ……やってくれたよセテルタ……俺の期待どおりだよ……本当にありがとう!!

 ただし、まだ魔力による圧力はかけたまま。

 まあね、あまりにもアッサリ解いちゃうと、演技だってバレかねないからさ……

 そうして、俺とセテルタのにらみ合いは、なおも続いていく。


「ど、どうなってやがんだ……魔力操作狂いが突然キレだしたぞ……」

「それになんだよ、あの圧力……尋常じゃねぇぞ……」

「自分が当てられてるわけじゃないのに……なんだ、この恐怖感は……」

「なんで……最近は割と、穏やかだったような気がするのに……」

「よ、よく分かんねぇけど……エトアラ先輩がなんかいって、それが奴の怒りに火を付けたっぽい……」

「理由はどうあれ、女性相手に声を荒げるだなんて、なんて男だ……彼には騎士道精神がないのかね、まったく……」

「じゃあ、お前……そう奴にいってきたらいいんじゃないか?」

「へ……? な……えっと、そ、そうだ! 約束があるんだった!! 悪いが、これにて失礼!!」

「……やっぱ、軽はずみなことはいうもんじゃねぇなぁ」

「しかしながら、なぜ……セテルタ氏が彼と対峙しているのでしょうかね……?」

「た、確かに……なんで、モッツケラス家の令息がトキラミテ家の令嬢を守ってるんだ?」

「いや、それよりも……セテルタさん、ヤバくねぇか?」

「ああ、セテルタもそれなりに強いんだろうけど……ロイターほどじゃねぇだろ? ということは……この前の決闘のとき以上に、ボッコボコのグッチャグチャにされちまうってことじゃねぇのか……?」

「あ、あぁ……それは、あり得る……!」

「そ、そんなっ……逃げて! セテルタ様ぁっ!!」

「ど、どうして……セテルタ様がアレス様と争わなければならないの……」


 ……さて、そろそろいいかな?


「セテルタよ……それが答えじゃないのか?」

「……なんの、ことかな?」

「お前、口ではああだこうだいってるけど……やっぱり、エトアラ嬢のことが大切なんじゃないのか?」

「……ッ!!」

「お前、自分では気付いてないのかもしれないけど、エトアラ嬢のことを話すとき、それはもう……もの凄く饒舌だからな?」

「そ、それは……ッ!!」

「もういいって、ごまかすなよ」

「ご、ごまかしてなんか!」

「さらにいえばお前、ことあるごとにエトアラ嬢のこと、目で追ってたからな?」

「いや、それも……」

「ああ、今思い出せば……エトアラ嬢が初めて俺に食事の誘いで声をかけてきたときも、お前は俺にエトアラ嬢に気を遣う必要がないといった趣旨のことをいってきたな……最初は親切のつもりかと思っていたが……実はあれも、エトアラ嬢が俺と食事を共にするのを止めたかったからなんじゃないのか?」

「そ、そんなつもりじゃない……ただ……」

「ただ、なんだよ! いい加減、素直になれよ! お前、エトアラ嬢に惚れてんだろッ!!」

「うっ……」


 逃がさんぞ、セテルタァァァァ!!


「やれやれ、このような光景、これで何度目でしょうね……アレスさん?」


 ここでついに、王女殿下のお出ましだ!!

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