第471話 あながちないとも言い切れまい

 早朝ランニングを終え、着替えのために自室に戻る途中のことである。

 なんというか、こちらを見てソワソワした様子の女子がチラホラ目についた。

 だが、隣をファティマが歩いていたからか、話しかけてくることはなかった。

 でもまあ、それは自意識過剰というものかもしれない。

 彼女たちだって、単にこれから始まる後期への期待と不安で落ち着かないだけなのかもしれないのだから。

 はぁ……ファティマが変なことをいうものだから、無駄にこっちも意識してしまうではないか……

 そんなことを思っているうちに、男子寮と女子寮の分かれ道に達した。


「たぶんだけれど、後期からは私というガードが弱まるでしょうから、頑張ってちょうだい」

「頑張るったってな……はぁ、ロイターたちにでもあしらい方を教えてもらうとするか……」

「そうね……それで、どうしても断りたいときなんかは先約があるといって私の名前を出せばいいわ」

「嗚呼、ファティマ様! なんというありがたいお言葉! このアレス・ソエラルタウト、ファティマ様の御恩は決して忘れませぬ!!」

「……その『様』というのはやめて普通にしてくれるかしら?」

「はい……ちょっと調子に乗ってしまいました」

「まあ、そういってふざけてられるのも今のうちかもしれないわね」

「……脅かさんでくれよ」

「事実だもの」

「うっ……」

「それじゃあ、またね」

「ああ、それじゃ……」


 ファティマの雰囲気が強く、それがまだ影響しているためか、周囲にいた女子たちから声をかけられることはなく自室に辿り着くことができた。


「なんだろう……これからこんなふうに変に気を張って学園生活を送らねばならんのか?」


 なんて独りごちつつシャワーを浴びる。

 ……フッ、ややこしいことは汗と一緒に洗い流してスッキリしちまえばいい!

 それに、ファティマはああいっていたが、俺の奇行子ぶりは未だ健在なハズ!

 どうせ、本心から俺に惚れていないのであれば、適当にお茶を濁す感じで声をかけてきて終わりになることだって考えられる!!

 うん、大丈夫! 心を強く持て!!

 そうだ! こういうときこそ俺の平静力が試されのだ!!

 そうして気持ちを切り替えたところでちょうどシャワーを浴び終え、火照った体に労わりのポーションをゴクリと送る。


「さて、制服に着替えたことだし、さっそく朝ご飯をいただきに行こうかね」


 向かうはもちろん、男子寮の食堂。

 でも、ファティマの予測が正しければ、これからこっちに来る回数も減ってしまうのかね。

 この男だけの空間っていうのも、意外と気楽でよかったんだけどなぁ……

 そんなことを思いつつ、食堂の空いてる席を選んで食事を開始。

 そして聞こえてくる周囲の会話に耳を傾ける。


「お前らはもう王女殿下のご活躍を耳にしたか?」

「ええ、王国東部で起きたモンスターの氾濫を鎮圧したという話でしょう?」

「モンスターの氾濫かぁ……気を付けてても起きるときは起きちゃうもんねぇ……」

「ああ、それが領地持ちのツライところだな……とはいえ、やはりモンスターの氾濫を許したとなれば、それは対策に不備があったということなのだろうさ」

「ま、その対策談義は日を改めてするとして……ひとときは勘違い野郎として注目の的だったあの男が凄かったらしいぜ?」

「勘違い野郎……ああ、ラクルス君でしたっけ?」

「そう、そのラクルス君の野郎よ!」

「君なのか野郎なのか、どっちかにしなよ……」

「なんでも、なかなかのご活躍だったとか」

「おうよ! まあ、王女殿下の周りの連中があのときから実力を伸ばし始め、今ではなかなかの実力者揃いとなっているのはお前らも知ってのことだろうが……その中でもあの男は別格らしい」

「確かに、一番多くモンスターを討伐したとは聞いていたが、それほどまでとはな……」

「えぇっ! そんなヤバい奴に当たり強めにしてたのって……今考えるとマズくない? いや、あのときは僕らだけじゃなく、みんなだったけどさ……」


 ふむ、移動中に街の人々がウワサしていたのを聞いた限りでは主人公君の名前が出てこなかったが……

 やっぱり、主人公らしい活躍をしてたんだな!

 いやぁ、このまま勇者の力に目覚めることなく進んで大丈夫なのかなっていう気はしてたんだよ。

 ほら、俺が悪役として彼を刺激してないっていうのもあったしさ……なんらかのフラグを折ってたかもしれない……とかね。

 まあ、原作ゲームでも魔王は別に勇者じゃなきゃ倒せないってわけでもなかったから、彼が勇者として育たなきゃ育たないでもいいかなって考えてたのもあるけどさ……

 ま、意外と順調そうだし、彼は彼で頑張ってくれたらいいと思う。

 ……エリナ先生にちょっかいをかけさえしなければな。


「……なんか、圧を感じるんだが?」

「この感じ……ちょっと懐かしい感じもするような?」

「………………あっ!」

「ええと……なぜ?」


 おっと、いかんいかん。

 主人公のクソガキが原作ゲームのようにエリナ先生の周りをウロチョロするシーンを思い浮かべて……つい、な。

 とりあえずお前は王女殿下ルート……もしくは幼馴染ルートや異種族ルートとか、とにかくエリナ先生以外のルートを進めばいいんだ、間違うなよ?

 そうでなければ、お前を潰さねばならなくなるからな!


「なんか、魔力操作狂いの奴……前期にも増して凄みが増しているような気がする」

「もしや、ラクルス君に対してライバル心でも芽生えたとか?」

「まっさかぁ……」

「いや、実力者に対して興味を持つ御仁ではあるからな……あながちないとも言い切れまい」

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