第40話 ゼスに聞け
エリナ先生の研究室を出て、夕方までもう少し。
実は今日、ゼスにメシを奢ってもらう約束もしていたのだ、この前のソレバ村でしたやつさ。
それにしても、さっきの隊長さんにゼスでしょ? 今日はオッサンとよく会う日だなという感じがしてくるね。
いや、ゼスは確か30ちょっと過ぎとか言ってた気がするから、オッサンと呼ぶには若干貫禄が足りないかもしれけどね。
ちなみにだけど、俺みたいな13歳の子供と30過ぎた男の組み合わせってどうなん? って言われそうだけど、この世界だとわりと普通のことなんだよね。
学園入学前の貴族家の坊ちゃんとか従者のオッサンをゾロゾロ引き連れて歩いてるし、冒険者でも新人教育みたいな感じでオッサンと新人の坊やがパーティーを組んでることもよくあるし、職人とかも歳の差のある親方と弟子っていう組み合わせもたくさんある。
だから、俺とゼスのコンビもあんまり変に思われないって感じだね。
まぁ、それはともかくとして、今日はゼスと約束をしていてよかった。
夕飯のとき、またあの面倒な小僧どもがちょろつきに来てたかもしれないからね。
って、これからずっとそうなのかな……俺もここらでガツンと言わなきゃかな……でも初日に怒鳴り散らしたけどあんま効果なかったしな……
うん、今は忘れよう、ゼスが連れてってくれる店がどんなところかっていう楽しみだけを心に満たせばいい。
そんなわけで、少し早いが街に出よう。
散歩がてら、その辺をブラブラ歩き回るのもいいよね。
そんな感じで、学園都市の中央通りに面した露店を眺め歩く、両手にクレープを携えて。
前世ではさ、自意識過剰って言われちゃうかもしれないけど、男一人でクレープ食べるのってハードル高かったんだよね。
でも今は余裕、むしろ今のアレス君の体なら、逆にクレープが映える気さえしてくるね!
今日から自称愛され系スイーツ男子ってキャラで行こうかな……学園の小娘どもには嫌われまくってるけどさ。
いや、彼女たちとスイーツの趣味を共有も共感もする気ないんだけどね。
あ、待てよ、クッキーかなんか買っておいて今度エリナ先生の研究室行くとき、お茶菓子にって出すのはどうだろう、自然だしいい感じじゃない?
よっしゃ、お菓子を買いに行こう!
えっと、お菓子屋さんはっと……
おいおい……主人公君と王女殿下が今日も楽しくデートを楽しんでいらっしゃるよ……
君ら付き合いたてのカップルなのかな?
あーあ、王女殿下のあの弾ける笑顔なんなの?
あんなん見せつけられたら、学園の男子どもが嫉妬に狂うのも納得ですわ。
って、向こうの通りの物陰から凄い形相で2人を見つめてる男子が……あ、あっちにもいるし、こっちにも……え、女子もいる!?
あれはどっちだ!? 主人公君のファンか……それとも……
とりあえず、この店はダメだ、別に俺は関係ないけど、なんか熱量のある視線が飛び交っててうるさい。
おっと、俺の存在に気付いた奴がなんか期待の眼差しを向けてきたぞ、急いで退散だ。
……ふぅ、あの店からだいぶ離れたし、この辺でいいだろう、ちょうど目の前にお菓子屋さんもあることだし。
「いらっしゃいませぇ、店内でお召し上がりですかぁ? お持ち帰りですかぁ?」
「お持ち帰りでお願いします」
「かしこまりましたぁ、ご注文はお決まりですかぁ?」
「ええと、バタークッキーとチョコチップクッキーを2箱ずつください」
「ありがとうございまぁす」
よし、これでお菓子は買ったぞ、あとはエリナ先生が喜んでくれるかだな!
それと、店員のお姉さんが若干語尾を伸ばし気味な気もしなくもなかったが……
まぁ、あれはあれでアリだ……クッキーが美味しかったらまた来てもいいな。
そうして待ち合わせ時間が来たので噴水広場に移動……ってもういるよ。
「待たせたか、ゼス」
「いえ、あっしも今来たとこでさぁ」
「そうか、それで今日はどんなところに連れて行ってくれるんだ?」
「あっし行きつけの、美味いオーク肉のソーセージを出してくれる店でさぁ。あそこのは店主が研究に研究を重ねた極上のソーセージでして、あれをパリッとひとかじりすると口の中に広がるジューシーな肉汁がもうたまんないのなんのって! そしてビールをグイっと行けばもう!!」
「お、おう」
ゼスが急に絶好調になったのにも少し驚いたが、腹内アレス君がアップを始めた……
頼むから店のソーセージを全部食うとか言い出さんでくれよ……
そんなこんなでお店に到着。
ふむ、外観は普通の酒場って感じ?
「さ、入りやしょう!」
「ああ」
店の中もだいたい俺が前世でイメージしてたファンタジーな酒場だね、その辺に依頼帰りの冒険者って感じのオッサンや、近所の町人って感じのオッサンがワイワイやってる。
いいねぇ、異世界に来たって感じがしてきたよ!
「いらっしゃーい、2名様?」
「おう、ティリスちゃん、2名だ」
「はーい、2名様ごあんなーい」
おそらく看板娘にカウンター近くのテーブルに通された。
「ようソートル、また来たぜ!」
「おうゼス、お連れさんは初めてか?」
「ああ、こちらはアレスの旦那だ、あのゴブリン狩りって言えばわかるな?」
「へぇ、噂の……」
「おいゼス、噂ってなんだ?」
「あれ、知りませんでした? 旦那がめちゃくちゃゴブリンを狩ってきて、ギルドに納品してるでしょう? あれで今、ゴブリン肉があっちこっちに大量に出回ってて、それを成したのは誰かってことで旦那のことが噂になってるんでさぁ」
「そうか」
「はいはい、おしゃべりもいいけど、そろそろ注文してね」
「おっと、わるいねティリスちゃん。じゃあいつものオーク肉のソーセージとビールで!」
「じゃあ、俺はオーク肉のハーブソーセージにしてみるか、飲み物はパインジュースで」
「あいよー」
「あれ、もっと頼まないんですかい?」
「ああ、これはゼスに奢ってもらう分だ、あとは自分で追加するよ」
「そんな気にしなくていいのに」
「ふっ、俺を満足させるには……ソーセージが何本あっても足りんぞ?」
「そ、そうでしたね」
そうして待つこと少し、遂にアツアツのソーセージがやって来る!
「おまちどーさまー」
「待ってましたっ!」
「ほう、これが、なかなか美味しそうじゃないか」
「さっそくいただきやしょう!」
「そうだな」
そうしてソーセージをひとかじり。
ハーブの香りが鼻に抜け、口の中には濃厚な肉の旨味が広がっていく……これは美味い。
「おいおい、ゼス君! 君、いいところを紹介してくれたね、美味しいじゃないの!!」
「でしょう!!」
腹内アレス君からも「さぁ、次を寄こせ! もっと寄こせ!!」と激しく催促が来る。
あっという間に1皿食べてしまった。
「おい、この店のソーセージ、全種類1皿ずつ頼めるか?」
「え? 出来ますけど……まぁ、お客さんなら大丈夫か!」
「よし、じゃあ頼んだ」
「はーい」
「相変わらず凄いですね……」
「まあな、これでもだいぶ減った方なんだがな」
「そ、そうですか」
こうして、美味しく楽しい時間が過ぎて行った。
今日、俺の中でゼスへの信頼度がワンランクアップした。
そして「美味い店が知りたければ、ゼスに聞け」が俺の中で新しい標語となった。
そんな感じで、そろそろ帰ろうかというところで、一人の男が俺に話しかけてきた。
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