第60話:王子と護衛




 オベロニスの部下達など比にならない位の真っ黒いモヤに包まれた王太子。

「失礼します」

 一言断ってから、タイテーニアは王太子の背中を叩いた。


 まだ纏わりついてから日が浅かったのか、一発の「気合い注入」でパラパラと汚れが落ちた。

「おぉ!体が軽くなった!」

 王太子の顔が明るくなる。

「シセアス公爵夫人、申し訳無いが紅茶を貰えるかな?」

 おもむろに振り返った王太子は、笑顔でタイテーニアにお願いをした。


 ここ何日か、何を食べても飲んでも美味しく無かったのだろう。

 待てをさせられてる犬のように、王太子はタイテーニアを見つめる。

「クッキーくらいしかありませんよ」

 仕事前につまもうと思っていたクッキーを、タイテーニアはテーブルへと置いた。



 王太子の分も含めて、室内全員分の紅茶を入れたタイテーニアは、自分と王太子、そしてオベロニスの分だけをテーブルに残し、後は席に配った。

 まだ始業時間前なので、机の上に書類を置いている人は居ない。

 いつもの事なので、皆、お礼を言って紅茶を受け取った。


 いつもと違うのは、オベロニスの分も休憩室に置いた事だが、王太子が居るので誰も疑問に思っていないようだった。



「どうぞお召し上がりください」

 タイテーニアの言葉に、王太子が紅茶を一口飲む。

 はぁ、と大きく安堵の息を吐き出した。

 それを確認してから、タイテーニアは自分も紅茶を飲む。

 本来は毒見役としてタイテーニアが先に飲むべきなのだろうが、前に王太子が「先に飲むの、ズルい」と拗ねたのだ。


 それだけ信用されているのだろうと、それ以来、自分が用意した物の時に限るが、目の前で毒見役はやらない事にしている。

 オベロニスも何もいわないので、多分正しい態度だと思われた。




「それで、あの新しい護衛の方はどういった方なのでしょう?」

 タイテーニアは、ずっと気になっていた事を聞いた。

 あの地方へ飛ばされた護衛の後任が、前の護衛以上の黒いモヤを纏っていたのだ。


「彼は、第二王子の推薦で私付きになった護衛だが……まさか?」

 王太子が心底驚いた顔をしている。

「その、まさかです」

 タイテーニアは平静を装って答えたが、内心は叫びたいくらいに動揺していた。



 この国の王子は三人居て、王太子である第一王子は唯一王妃の生んだ王子だ。

 第二王子は第三側妃の子で、第三王子は第二側妃の子である。

 第二、第三側妃は、同時に娶られ、出産も1週間も違わなかった。


 王子同士も仲が良く、王権争いも全然無いとの評判だった。


「護衛が第二王子を大好き過ぎて、独断の可能性も否定は出来ませんよ」

 オベロニスが王太子に告げる。

 まだ何かがあったわけでは無い。

 ただ、第二王子に推薦されて王太子付きになった護衛が、王太子を激しく恨んでいるだけなのだ。


 王太子が驚いていたって事は、仕事内容も問題無いのだろう。

 第二王子に会えれば簡単に判明するのになぁ、などと思っていた自分を、タイテーニアは後悔する事になる。


 数日後、王族との晩餐会の招待状が、シセアス公爵家に届いた。



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