第25話:愚かな者の浅知恵




 タバッサは、自室のベッドに座り茫然としていた。

 あの後部屋に来た家令により、実家への強制送還を言い渡されたのだ。

 理由を問えば「公爵夫人に対する無礼な態度というだけでは不満ですか?」と返された。


 ソファに座って青くなっている、大して美しくも無い女が公爵夫人だと家令は言った。

 社交界で見かけた事もないので下位貴族だろうと、下位貴族では正妻になれないはずだ、と貴族としての常識をいた。

 言外げんがいに伯爵令嬢の自分の方が相応しいとにおわせて。

 しかしタバッサに向けられたのは、皆の冷たい視線だった。


「奥様は伯爵家のご出身です。養子などではなく、由緒正しき血筋ですよ」

 家令のスチュアートに、冷たく言い放たれたのだ。

 常に柔らかく人当たりの良い丁寧な態度と口調だったスチュアート。

 使用人の事や屋敷内の事は、全て彼が仕切っている。

 彼に嫌われたら、公爵夫人にはなれない。



「妻なんて呼んでても、正式じゃない妻だと思ってたのに!」

 ベッドの上にあった枕を扉に投げつけた。

 スチュアートが認めているという事は、名実めいじつ共に正妻だという事だ。

「何よ、皆してまるで壊れ物でも扱うようにして!」

 そこまで口にして、タバッサはある一つの仮説に辿り着いた。

「どこか病気なのかしら。それなら社交界へ出ないわ」


 神経質に服に付いたを落としていた公爵夫人を思い出す。

 ちょっと普通じゃない様子だった。

 で、病弱なのかもしれないと、タバッサは口の端を持ち上げる。


「病弱なら突然はかなくなっても誰も疑わないわよね」


 目標が出来たと、私物をまとめ始める。

 手に取った私服に、爪が引っ掛かった。

 美しく整えられていた爪は、公爵家ここに来てから噛み癖が付き、今ではボロボロになっていた。

 ここ2ヶ月程は爪磨きもしてもらえず、前ほどの輝きが無い事も、更にタバッサを苛立たせる。

「家に帰ったら、まず爪を磨かせましょう」

 天井に向けて、大きく両手を広げた。




 実家に強制送還されるという不名誉な戻り方をした娘を、それでも伯爵は温かく迎えた。

「何か誤解があったのだろう。公爵家へ嫁げる令嬢などお前しかいないのだから、いつかシセアス公爵も解ってくださる」


 タバッサは物心付いた時から、侯爵家か公爵家へ嫁ぐのだと言われて育った。

 そこで厳しく育てられればまた違ったのだろうが、タバッサの両親は甘やかす方を選んでしまった。



 そして運命の、オベロニスにとっては悪夢の始まりの出会い。



 同じ年頃の子供達を集めたお茶会が開かれたのだ。

 年齢は10歳前後、伯爵家以上の高位貴族。

 余談だが、既に借金生活の始まっていたシャイクス家は、婚約者もいる事だし、とタイテーニアを不参加とした。


 そのお茶会で初めてオベロニスを見たタバッサは、絵本の王子様が抜け出て来たようなオベロニスに一目惚れした。

 すぐに父親に頼んで婚約を申し込んで貰ったが、「息子には政治的意図のない、恋愛結婚をしてもらうつもりだ」と断られた。


「タバッサ、お前が公爵家にお嫁に行くには、その息子に惚れさせないと駄目なんだ」

 伯爵は、タバッサを応援した。

 公爵家と縁続になるには、公爵家嫡男に惚れさせなければならないと。

 伯爵が愚かだったのは、そこでも中身ではなく、外見を磨く事に金を掛けた事だろう。


 他の家がオベロニスとの婚約を諦めて、次々と婚約者を決めていく中、タバッサだけが残ったのだった。



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