第6話:始まりは突然に




 結局、色々大変な事になったので、タイテーニアだけが先に帰される事になった。

 ニーズの家の使用人に呼び出され辻馬車で出掛けたはずの娘は、公爵家の立派な馬車で帰って来て、父であるタイターニ・シャイクスを気絶しそうな程驚かせた。


「詳しいお話は、明日、我が主人から説明させていただきます」

 そう言って公爵家の執事は帰って行った。

「詳しい話って何!?」

 視界から公爵家の馬車が消えると、タイターニはタイテーニアの肩を掴んでガクガクと揺すった。


「私にも良く解りませんが、ニーズと婚約破棄をして、オベロニス様と結婚するそうです」


 感情を削ぎ落として淡々と答えるタイテーニア。

 娘も理解の範疇を超えて混乱しているのだと、タイターニは諦めの溜め息を吐いた。

 どちらにしろ明日には公爵が説明に来てくれるのだから、と現実逃避した。




 翌日。

 昼前のシャイクス伯爵邸に、シセアス公爵家の馬車が到着した。

 少数精鋭の使用人が総出で出迎える。

 降りて来たのは、オベロニス公爵だけでなく、いかにもな服を着た年配の男性だった。


「気がいてな。シャイクス伯爵がサインをした瞬間に、婚約破棄が成立するように手続きしてきた」

 笑顔のオベロニスの横で、やはり笑顔で会釈してくる男性。

 二人はにこやかに微笑んでいるはずなのに、なぜかシャイクス親子は寒気を感じた。



 応接室に案内して、料理人作の軽食や菓子とお茶を出す。

 公爵家当主に出して良いものかと迷う料理人達に、「味は高級料理店に負けてないわ!」と、タイテーニアが太鼓判を押した。

 材料を無駄にしない技術なら、どこにも負けてないし!と、要らない一言まで付け加えて、料理人を苦笑させたが。


「と、とりあえず落ち着きましょうか」

 1番の落ち着いていないタイターニが皆にお茶を勧める。

 オベロニスと男性が顔を見合わせて苦笑する。

 まだ自己紹介もしていない事にも、タイターニは気付いていない。

「公爵、とりあえず頂きましょうか」

 男性がお茶のカップを手に取った。



「これは……!」

 お茶を一口飲んだ男性は驚いた。

「美味しいでしょう?うちの領地の名産品で、ボトン家との共同事業の一つで王都でも販売しているんですけどね。なぜかなかなか売れなくて、借金ばかりが増えてますよ」

 ハハハ、と力無く笑うタイターニ。


「これは、早く手続きを済ませましょう」

 男性の豹変に驚いたタイターニとタイテーニアは、急いでテーブルの上の軽食をワゴンに下げる。

 完全に下げなかったのは、書類作成後に食べたいとオベロニスが希望したからだ。


 テーブルの上を片付ける家人を見ながら、男性はオベロニスにそっと耳打ちする。

「王家に献上されているボトン家の茶葉よりも、更に香りも良く味も深い。何か裏がありますね」

「共同事業と言ったな。ボトン家は伯爵位の中でもかなり裕福だ。なぜシャイクス家にだけ負債が増えている?」


「その話は、また追々で。今日は、まず婚約破棄と婚約を結びましょう」

 コソコソと何か話しているオベロニスと男性に、タイターニが「お待たせしました」と声を掛ける。

 綺麗に片付けられたテーブルに、男性は複数枚の書類を並べた。



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