第4話:敵なのか味方なのか




「こんな店、二度と来ないからな!」

 ニーズは怒りに任せて立ち上がり、膝上のナフキンを食べている途中だった料理の上に叩きつけた。

「はい。ありがとうございます」

 にこやかに笑顔を返す店員。

 その態度は、ニーズがこの店に、二度と足を踏み入れる事が出来ない事を表していた。

 所謂いわゆる出入り禁止『出禁』である。


「パティ、行くぞ」

 席を立ったニーズは、子爵令嬢へ声を掛けた。

 しかし当の令嬢はその声が聞こえていないのか、返事もしない。

 振り返ったニーズは、パティの視線を辿る。


 そこには、男性の手を取り席を立つタイテーニアが居た。


「な!おい!お前も帰るんだよ!」

 ニーズがタイテーニアの腕を掴もうと手を伸ばすが、その手は恐ろしい程の力で叩き落された。

 その力と、自分を睨む視線の強さに、ニーズの怒りは男性ではなく、タイテーニアへと向かう。


「お前!一緒に来ないなら婚約は破棄だ!良いのか?うちの援助が無くなるぞ?」

 下卑た顔で告げるニーズへ答えたのは、タイテーニアでは無く、隣に立つ男性だった。


「それは僥倖ぎょうこう。手続きはこちらで済ませよう。そちらからの破棄で、原因は新しい恋人が出来たからで良いな。王宮から届く書類を楽しみにするが良い」

 冷たい笑顔の男性の台詞に、ニーズの顔が青くなる。

 本気で婚約を破棄するつもりなど無かったからだ。


「な、勝手に何を……」

 焦っているニーズに向かい、男性の笑みが深くなる。

「勝手では無い。お前が婚約破棄を宣言したのを、私、オベロニス・シセアスが公爵家当主として証人になってやっただけだ」

 相手の身分を知り、伯爵家の息子でしかないニーズは、その場に座り込んでしまった。




 茫然と座り込んでしまったニーズは、警備の男性によって店の外へとされた。

 子爵令嬢は、オベロニスとタイテーニアに付いて来ようとして、やはり警備の女性に店外へされた。


 タイテーニアは、オベロニスの体にまとわりつく赤が徐々に黒く変化するのを見て、床につまずいたフリをしてその背中を叩いた。

 驚いた顔をしてオベロニスが振り返る。

「すみません。緊張して足元が」

 わざとらしい言い訳だと自分でも思ったタイテーニアだったが、オベロニスは何も言わなかった。



 案内された部屋は、ニーズと一緒どころか貧乏になる前の伯爵家としてでも来た事の無い、何に触るのも怖いくらいの部屋だった。

 テーブルクロス1枚でも汚した日には、伯爵家の食費何日分が飛ぶだろうかと、タイテーニアは戦々恐々せんせんきょうきょうとしていた。


 カチコチに緊張して固まっているタイテーニアに、オベロニスは苦笑を浮かべる。

「それほど緊張しないでくれ。君にはこの前のお礼がしたかったたけだから」

 オベロニスの言葉に、タイテーニアは首を傾げる。


 この前とは、おそらく初めて街で会った時の事を言っているのだろうと、予想はついた。

 だが今まで、自分のした事がバレた事は無い。

 逆を言えば、感謝された事も無いのだ。


「前回は気のせいかとも思ったが、先程私の背中を叩いただろう?あれで確信した」

 オベロニスの説明に、タイテーニアがヒュッと小さく息を吸う。

 若干、顔色も悪い。


「君は、何か不思議な力を持っているだろう?それで私を助けた。違うか?」


 タイテーニアは、頷く事も、首を横に振る事も出来なかった。



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