本を売らない本屋さん

ぷろけー

本を売らない本屋さん

 普段通る通学路にいつの間にか僕が知らない本屋があった。

 通学で毎日通っているのに、気づかないなんてことは絶対にない。長期休みの後ならこの道を通らないから気づかないことも無理はない。それでも今は学校に通っているからそんなこともない。


 奇妙なことにその本屋の外観は古ぼけていて、何十年も前からそこにあったかのように思える。元は白かったであろう壁面は、砂埃がついてくすんだ色をしている。掠れた看板に書いてある「書店」の文字はかろうじて読めるくらいだった。綺麗な住宅街の中に現れた古ぼけた本屋はとても異質な存在に感じてしまう。


 いつもは本を読まない僕だが、突然現れたこの本屋には単純に興味があった。

 その本屋さんを通して過去に戻れたりするかも。いやいや、魔導書が売ってたりして。店員さんが妖怪の可能性もあるぞ。

 自分の前に現れた非日常というものは男子高校生なら必ずワクワクするものだ。くだらない妄想をしばらくした後、さぁ入ろうというところで本来の目的である部活のことを思い出した。


 僕が所属しているサッカー部は弱小で部活をサボっても対して怒られない。流石に無断欠席は怒られるが、形だけでも休むことを連絡すれば顧問の先生にとやかく言われることはない。部活を休んで困ることといえば、普段練習する時に組んでいる友人に迷惑をかけるくらいか。迷惑を掛けるなら部活に行けと思うだろうが、彼もよくサボるのでお互い様だ。

 僕も彼も部活に行くほうが珍しい。珍しく部活に行こうと思っていたのに、面白そうな店を見つけてしまった。どちらを優先するかといえば目の前の本屋に決まっている。


 適当な理由をつけて欠席連絡をした後、本屋に向き直る。外から見ていても始まらないので、さっそく本屋の中に入ってみる。


 本屋の中は閑散としていてお客さんの姿はもちろん、店員さんも一人もいない。外観に比べると店内は綺麗で清潔感がある。驚くべきことに、書店の本棚には本が一冊も入っていなかった。がらんどうな本棚は埃を被っていて、掃除しないと本は置けないだろう。入ってすぐは綺麗だと思ったが、案外そうでもないらしい。


 気になって書店の中を回ってみると、どの本棚にも本は入っていなかった。一部の本棚は僕が触ると木が腐っていたのか折れてしまった。外から見る限りは腐っているようには見えなかったのに。木が腐ってしまう環境は本の保管にも向かないだろう。


 魔導書の一冊くらい置いてないのか。


 そんな事を考えながら本屋を回っていると、ようやく一冊の本を見つけた。その本には単調で面白みのない白黒のポップアップが付いている。


 ――この本屋に訪れた貴方に。


 普段なら目も止めないようなポップアップが、この店ではこれでもかというほど存在感を放っている。そのポップが付いている本のタイトルは「とある少年の物語」だった。

 これまた面白みのないタイトルだ。僕が編集部にいたら絶対にゴーサインは出さない。どんな物語なのかタイトルを見てもわからないし、強い言葉が使われていて人の目を引くわけでもない。物語の中でタイトルを回収することもないだろう。


 それでもこの店に置いてある唯一の本となると話は別だ。

「とある青年の物語」を変えるために本の中で青年と出会うかもしれない。青年に降りかかる不幸から僕が守るんだ。それとも、これは魔導書かもしれない。もし魔導書だったらどんな魔法なんだろう。人生に介入する魔法だったら最高に面白い。


 僕はその本を手に取り、覚悟を決めて本の表紙をめくる。


 ※×※×※


 その物語の主人公は平凡な男子高校生で、代わり映えしない毎日を過ごしていた。青年は変わらない日常に刺激を求めていた。けれども彼は自分からなにか、行動を起こすことはなかった。そんなときに、不思議な本屋を見つける。その本屋は本を売っていなかった。そこで彼は自分の中に大切なものが無く、心が腐りかけていることに気が付いた。





















 ※×※×※


 僕がこの物語を読んで思ったことは、最初の妄想も的外れではなかったということ。ただ、僕は物語を変えるのではない。その物語は「青年」が大切なものがない事に気づいたところで途切れている。だから僕は物語を創らないといけない。これからの物語で「青年」が心を腐らせないように、物語に新しい風を吹かせなければいけない。


 まずは手始めに部活にしっかり顔を出すことから始めようと思う。部活をやることで普段感じている空白を埋められるかもしれないし、大切なものを見つけられるかもしれない。


 本を元の場所に戻し、決意が揺るがないうちに部活に顔を出しに行こうと意気盛んに店の外に出る。少し惜しい気持ちもあるがここで立ち止まっては今までと変わらない。


 ふと道から本屋の方を見ると、そこには見慣れた住宅街が並んでいた。近くの公園からだろうか、子どもたちの笑い声が聞こえてくる。日曜日だから朝からずっと遊んでいるのだろう。公園のほうに目を向けると、ひとりベンチに座っている男の子がこちらを見て笑っていた。


 男の子からは僕はどんなふうに見えていたのだろう。

 自分の家から出てきて、周りを見て安堵している人だろうか、それとも突然道に現れた人だろうか。

 もしかしたら本屋なんてものは幻で、道に立って放心している人だったかも。


 しかし僕は本屋は存在していて幻なんかではないと思う。僕が本屋で感じたことは本物で、それを幻と割り切ってしまえば僕は変われないと思うから。

 精神論の他にも本屋が幻ではないと思う理由はある。


 それは僕が戻したはずの「とある青年の物語」を持っているから。

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