第371話秋山康の頼み

祐たちは、旅行の荷物をアパートに置き、休憩、また病院に戻ることにした。(秋山康が、まだ意識が回復しないため)


アパートに戻って全員が紅茶を飲んでいると(祐の部屋で:午後3時頃)、祐の母彰子から祐に、電話がかかって来た。

「先生の目が開きました、すぐに来なさい」

「祐を呼んでいます」


祐たちが、病院、秋山康の大きな個室に入ると、確かに秋山康は目を開けていた。

ベッドの周りに、美代子夫人、元内弟子の日村女史、祐の両親、平井恵子、出版社(銀座講演関係者)が控えていた。


秋山康は、祐を見て手招き。

(かなり弱っているようで、痛々しい)


祐が秋山康の前に行くと、ゆっくりと手を握って来た。

「ああ・・・逢いたかったよ、祐君」(秋山康は、泣いている)

「脚立から落ちたのはわかった」

「頭を床に・・・・ゴーンと」(ここで、言葉が少しもつれた)


祐は、そっと秋山康の手を握り返した。

「はい・・・無理しないでください」


秋山康は、恥ずかしそうに笑った。

「情けないねえ・・・歳は取りたくないよ」


少し間が開いた。(祐は、ハラハラしている)


秋山康は、また笑った。(顏に赤みが戻った)

「モヤモヤの中で、祐君が手を振って、引いてくれたんだよ」

「先生、こっちって・・・」

「私は、うれしくてねえ・・・」


祐は、やさしい声。

「ゆっくり休んでください、長年のお疲れもあるでしょうから」

秋山康は、祐の顏を見た。

「休ませてくれるかい?」

「少し頼みたいことがあるから」


祐は、身構えた。(講演代読のことと思ったから)


秋山康は真剣な顔。

「とても、こんな状態では、若菜上は読めない」

「源氏の姫君に申し訳ない」

「だから、祐君に頼みたい」

「急で申し訳ないが」


予想通り、母彰子が反対した。

「申し訳ありません、こんな時に」

「祐には、そんな大役は無理です」

「まだまだ、大学に入ったばかりの、ひよっ子」

(祐は唇を噛んで悔しそうな顔)


その母彰子を、美代子夫人が制した。

「祐君に、頼みます」

「主人の気持ちを、重んじたい」

「祐君こそ、自分の後継者と、いつもうれしそうに」

「秋山康の希望の星なんですよ、祐君は」


それでも、反対しようとした母彰子を、夫の森田哲夫と平井恵子が止めた。

森田哲夫

「これも、祐の試練、親はサポートしようよ」

平井恵子

「私も、全力でサポートします」

「私にとっても、祐君は希望の星です」


ようやく母彰子が黙るなか、元内弟子の日村女史が笑顔で、祐の手を握った。

「祐君の講演原稿読ませてもらったよ」

「あれ・・・すごく綺麗な文ね・・・読みやすい、聴きやすい」

「それで、講演終わったら、今度私にも協力して、書いて欲しいなあ・・・私も学会で大変なの」


「え・・・また仕事?」

祐の目が丸くなった。

(その祐の言葉と丸い目が面白いのか、個室全体に笑い声)

(母彰子も笑っている)

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