第356話伊東合宿①春奈の接近

連休四日目、ようやく待ち望んだ伊東合宿(本当は遊び)の日となった。

尚、連休最後まで、森田家の伊東別荘で、祐と女子たちは過ごす。

また、連休明けの土曜日の夜が、秋山康先生の銀座での「源氏物語講演」となる。


アパートから、熱海までは新幹線、熱海からは祐の遠縁の叔母芳江が手配したジャンボタクシーにて、別荘に向かう行程になっている。


千歳烏山のアパートを朝7時に出発。

京王線、井の頭線、山手線と乗り換え、品川までは、いつもの大人しい祐と、にぎやかな女子たちだった。

品川駅で、新幹線グリーン券(森田哲夫事務所手配)を配る時に、春奈が、さっと主導権を取った。(要するに祐の隣席をゲットした)

理由としては、「祐君と万葉の話をしたい」というもの。

祐は、昨日の柿本人麻呂の話で、春奈以外の女子の反応に「レベル差と寂しさ」を感じていたので、あっさりとOK。(いつも春奈を怖がっている祐も、和歌では一定の敬意を持つから)

女子たちは、不承不承でOK。(やはり、そういうまともな和歌論議で、祐と春奈について行けないことを実感しているため)


品川で、珈琲と軽い御菓子を買い、全員がグリーン車に乗り込んだ。(こだま号なので、車内販売がない)


春奈は、祐を窓側に押し込んで座った。

(少し身体を押し付け気味)

「ねえ、祐君」(声も、いつもより、甘くやさしい)

祐は、怖いような、うれしいような。

「ドキドキしますが・・・あの・・・」

(プンと春奈の胸の先端が、腕に当たった)


春奈は、祐の赤い顔が面白い。(それでも、話はまとも)

「昨日は、ごめんね」(それでも、祐の気持ちを察していたようだ)

「人麻呂の話を、もっとしたかったよね」

祐は苦笑する。

「仕方ないかな、万葉とか源氏、古文全般は、コアな、マニアックな世界」

「特に若い人には、どうでもいい世界」

春奈も、それは実感としてある。

「うん、私もオタク女子かな」

「高校生の時は、クラスで浮いていたもの」

「同級生に説明しても、誰もわからない」

「だから、結局話さなくなる」

「行くのは図書館ばかり」

祐は赤面しながら返す。(スッと手を握られていた)

「大学に入って、少し変わりました?」

春奈は、首を横に振る。

「どうかな、同じ国文科でも、名目だけの人」

「要するに、受験のための古文」

「教授に提出する課題のための古文」

「古文そのものに、興味がある人は少ない」

祐は寂しい顔。

「源氏物語も、全ての帖を読んでいて、話ができる人もいないのかな」

春奈は、祐の手をギュッと握った。

「だから、祐君と一緒になれてうれしいの」

「ようやく、古文を語れる同世代の人が来たと」

「その前から、森田祐のブログのファン」

祐は、うれしそうに笑う。

「高校生の時に書いたものが多くて、見返すとまだまだ」

「書き直したい訳も多くて」

春奈は、頷いた。

「それで、昨日の石見相聞歌なの」

「いい歌で、私も好き」

「なびけこの山は、世界の文学でも、最高峰だよ」

「もう一つの石見相聞歌も切々として好きです」

「人麻呂をもっと知らしめたい」

春奈

「協力する、やろうよ」

「ありがとう、力強いです」

春奈は、完全に万葉集に乗った。

「他に万葉集では、笠女郎が好き、家持に愛を詠む」」

「家持は質より量かな、万葉集編纂者としての功績はありがたい」

「山部赤人もいいなあ・・・」

祐は、春奈の手を握り返した。

「でも、四千五百首余り、かなりキツイかな」

春奈も、キュッと握り返す。

「大丈夫、祐君と私なら」

祐は、真っ赤になっている。

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