第325話祐の回復 若紫を読む。

秋山康は、ゆっくりと祐に話しかけた。

「うん、そうだよ」

「僕がわかるかな」


祐は、にっこりと笑った。

「はい、秋山先生」

少し目を動かす。

秋山康の妻、美代子を見た。

目を大きく開いた。

「あ・・・奥様・・・どうして・・・・」


秋山美代子は、祐の手を握る。

「おはよう、祐君、気分はどう?」

祐は、ゆっくり身体を起こそうとする。

その祐の背中を、純子が支える。(誰も止められないほど、動きが自然だった)


祐は、身体を起こしながら、胸に置かれていた古文書を手に取った。

「先生・・・これは・・・」

秋山康は、祐の頭を撫でた。

「うん、わかるかな」

「読んで、説明してごらん?」


祐は、ゆっくりと、慎重に・・・古文書をめくった。

ふぅっと深呼吸。

そのまま、読みはじめた。

「瘧病にわづらひたまひて、よろづにまじなひ加持など参らせ給へど、しるしなくて、あまたたびおこり給ひければ」

祐の読む声は、ここで止まった。


その丸い目をパチクリとさせて、秋山康を見る。

「若紫です・・・それから、これは、あの・・・・定家の青表紙本では?」

「それで香っていたのは梅花・・・紫の上のお香」


この祐の言葉に蒼くなったのは、母の彰子。

厳しい顔で、祐に迫ろうとするのを、秋山美代子が止めた。

「秋山康の気持ちです、理解して」


平井恵子も、秋山康の気持ちを、理解していたので、彰子を止めた。

そして、個室内にいる人に、説明をする。

「天皇家から、秋山先生に賜った、藤原定家が筆写した源氏物語若紫」

「もちろん、古文、しかも、くずし字です」

「普通の学生では、いや、研究者でも、初見では読めません」

「それを祐君は、初見で、あれほど、スラスラと・・・青拍子本、つまり藤原定家の筆写まで理解しています」

「その上、風呂敷につけた香りを、紫の上のお香梅花と感じ取り、その説明も」

「秋山先生の、後を継ぐ研究者になる、それを秋山先生も認めておられるから、貴重な写本を渡されたのです」


祐は、ゆっくりと病院の個室内を見回した。

「よくわからなくて・・・どうして、こうなっているのか・・・」

「若紫と梅花は、ともかく・・・ここは病院らしくて、僕は寝ていて」

「父さんと母さんと姉貴がいて」

「秋山先生、奥様、平井先生・・・」

「純子さん、真由美さん、朱里さん、春奈さん」


純子が、祐の背中を支えたまま、話しかけた。

「それは、ゆっくりと」

「とにかく・・・生き返って・・・良かった」

純子の言葉が詰まった。

「祐君・・・みんな・・・」

「祐君が心配で・・・」

「でも、良かった・・・」

「はぁ・・・もう・・・」

真由美と朱里、春奈も、祐の背中を支えたり、手を握ったりしながら、話しかける。

真由美

「ごめんなさい・・・命の恩人だよ、祐君」

朱里

「大丈夫、回復するまで、全員でお世話させていただきます」

春奈

「安心して私たちに任せて・・・」


女子たちに、父哲夫は、深く頭を下げた。

「本当に、あなたたちがいなければ、祐はあの世でした」

母彰子も、泣きながら全員を抱き締める。

「至らない祐ですが、よろしく面倒を・・・」


姉瞳は、握手して回る。

「祐は、回復後は強い子です、ただ、頑張り過ぎて倒れることもあるので」


純子たち女子は、同時に頷いている。


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