第228話祐は、師匠中村雅代に押されるがままに

祐は、中村雅代から渡されたチケットとチラシを見て、驚いた。

「親父ですか・・・」

すぐに、父森田哲夫の写真とわかった。


中村雅代は、祐の手を握った。

「最近、練習していないでしょ?」

祐は、素直。

「はい、受験もありましたし」

この言葉で、師匠中村雅代は納得すると思った

しかし、コトは簡単には進まない。


中村雅代の顔が厳しくなった。

「この前のジュリアとのデュオ動画見ました」

「実に・・・酷かった」

「指は乱れ、テンポは乱れ、あれが祐君なの?」

「張り倒したくなりました、本気よ」


祐は、真っ青。

「はい・・・あの・・・急に弾けと」

「初見でしたし・・・練習不足も・・・はい・・・ごめんなさい」

それでも抗弁する。

「音大とか、プロを目指すことはないので」


中村雅代は認めない。

「そうでないの、祐君らしくないから、気に入らないの」

「正確、丁寧、それでいて、歌心にあふれるのが祐君」

「それと、ジュリアに気をつかい過ぎよ」

「もっと、祐君の歌を響かせないと」


祐は、「はぁ・・・」と頷くのみ。


中村雅代は、まだ祐を責める。

「音楽の前に、プロも素人もない」

「そこの根本が間違っている」

「甘えていないで!」

「しっかりしなさい、まったく」


祐は、耐えるのみ、必死に「お叱り」を聞く。

確かに「音楽の前に、プロも素人もない」は、中村師匠の信念。

何度も聞いた記憶がある。

「ジュリアに気後れして弾いた」もあるし、「受験やら何やらで、練習そのものをして来なかった」ことは事実。

それらが重なって、指の乱れ、テンポの乱れ、音楽になっていない結果になったのだと思う。


祐は、怒り顔の中村師匠に、オズオズと言葉を返した。

「今、実家でないので、ピアノはありません」

「ですから、弾くとすると、ここくらい」

「今後は、恥ずかしいので、ピアノから、少し離れます」

(これで何とか、中村師匠は、おさまると思った)

(しかし、ここでも話は簡単ではない)


中村師匠の顔が赤くなった。(怒り爆発寸前の顔)

「逃げないでよ!この弱虫!」

そのまま、祐の手に合鍵のような物を渡す。

「これ、八幡山のスタジオの鍵、行ったことあるでしょ?」

「そこで練習しなさい!」

「大学の帰りにでも練習できるでしょ?」


祐は、また驚いた。

「ジュリアとのデュオのために、ここまで」と思い、実にありがたく思った。


・・・しかし、そうではなかった。


「祐君、いつか、娘と連弾して欲しいの」

「早ければ、7月のリサイタルの時」

「祐君が本来の祐君に戻ったらかな」


目が泳いでいる祐に、中村師匠は、さらに攻めて来る。

「源氏も、古今も、万葉も話は聞いています」

「でも、祐君は、それだけでない、自分でも、わかっているはず」

「いろんな可能性を確かめなさい」

「プロデヴューできるかどうかは、私が判断するから」


祐は、あまりの話に、押されるままになっている。

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