第191話田中朱里の反省

私、田中朱里にとって、信じられないような格差ショックの連続だった。

(実は、名古屋の名門子女の私が声をかければ、祐君も簡単に落ちる、と高をくくっていた)(とんでもない、井の中の蛙を思い知った)(自分の高飛車な態度や考えが、情けないし恥ずかしい)


「そもそも、祐君のお父様の森田哲夫さんだって、名古屋人から見れば、超格上の世界の有名写真家」

「その上、祐君のお母様は、かの美人源氏、万葉学者森田彰子先生、時々テレビ解説・・・この全国放送のテレビ出演が名古屋人には、雲の上度をアップする」

「ましてや、文化勲章受章で皇室にも出入りされておられる秋山先生、今年の勲章受章者の平井先生、奈良教育大(名門!)の吉村先生、本学の佐々木先生からも、仕事を期待されて、お願いされている祐君・・・」


そして、祐君の腕を引っ張っている超美人のフランス人ジュリア・・・(この女性も、すごくセレブみたい、服、バッグ、香水からして、かなり・・・半端ない)


こんな話を実家のおばあ様にしたら、どうなることか、と思う。

何しろ、「面識がない」「私に挨拶がない」という理由だけで、祐君を「どこの馬の骨」扱いし、その後誤解が解けたら、「謝りたいから、名古屋まで来い」というような「狭量で世間知らず、世界知らずの名古屋人そのもの」なのだから。


さて、祐君は、すぐにピアノへは引っ張られなかった。

祐君の隣に座った純子さんが、冷静にジュリアを諭した。

「ねえ、ジュリアさん、少し待ってくれる?」

「祐君、食事中で・・・半分も食べていないの」


ジュリアも、祐君のビーフシチューを見た。

そして、祐君に聞く。

「食欲ないの?どうかしたの?」

「私も、この店のビーフシチューは美味しい、パリの店より好き」


ただ、祐君は、答えがもたついた。(一歩遅れるタイプ?でも、つっこめるし、可愛い・・・お持ち帰りしたくなった)


「あの・・・シチューが熱い・・・熱いものを食べるのが苦手」(これには笑えた)

「日本では猫舌と・・・」(・・・なんか・・・本当に持ち帰りたくなった)


ジュリアは、その祐君の答えにプッと笑う。

「まだまだ、お子ちゃま?」

そのまま、祐君の頭をなでる。(この動きが、マジに自然・・・どうして?)


それでも、祐君は、ジュリアを含めた私たち女性三人の前で、立派に完食を果たした。(きれいな食べ方・・・作法通り・・・見飽きない食べ方かな)


「ジュリアが、そこまで言うのなら」

祐君は、ジュリアと席を立って、店の奥の小さなステージに。

そこで、小声で何か相談。


祐君がピアノの前に座った。

ジャズ風のゆったり目の「星に願いを」だった。


純子さんが、うっとり。

「うん・・・音楽でも、祐君はいいな」

私も、また、ショック。

「私より、ピアノが上手・・・ジュリアもプロなのに、全然負けていない、合わせもいいな」


一曲では終わなかった。

ジュリアが、バッグから楽譜を出して、祐君に渡す。

祐君は、素直に楽譜を受け取る。(そこもすごいなあ・・・と思う)


ベートーヴェンの名曲「春」だった。

これには、マスターも出て来た。

「うわ・・・芳江さんにも聞いていたけれど・・・祐君、いいねえ・・・」

「よく、初見であれほど弾けるね」

「下手な癖がついたプロより、よほど素直で生き生きしてるよ」


純子さんが、マスターに聞く。

「芳江さんとは、どのようなご関係で?」

マスターは。ニコッと笑う。

「ああ、芳江は俺の従妹、同じ音大で同じオーケストラ、俺はホルン吹きで彼女はチェロ」

「お父さんの哲夫さんと彰子さんも、昔は、この店に来た、芳江も一緒かな」

「今でも、よく連絡が来る、いろんな話をしてね、この前の伊東の別荘の話も聞いた」


また聞きではあるけれど

「伊東の別荘?そんなセレブのお坊ちゃま?・・・」

私、田中朱里は、ますます、自らの「高飛車な考えと態度」を恥じることになった。


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