第101話平井恵子①

午後2時、祐のアパートのチャイムが鳴った。

直後、「平井です」と、落ち着いた声。


祐は、緊張気味に「むさ苦しい、学生アパートですが」と、平井恵子を迎え入れた。

子供の頃の、かすかな記憶しか無いけれど、本物の平井恵子だった。

若い女性も、学生だろうか、一緒に入って来た。


「そこにお座りになって」

二人をソファに誘導。

祐は、静岡から持って来た特上のお茶を淹れ、千歳烏山の和菓子店で買った干菓子をセット、二人の前に置く。


平井恵子が、また挨拶。

「平井です、祐君、お久しぶり、大きくなられましたね」


祐は、顔も身体も返事も硬直気味。

「森田祐です、母がお世話になっております」

「それから、今回の叙勲、本当に素晴らしいこと、おめでとうございます」


平井恵子は、祐の返事を、じっと微笑みながら聞き、

「いやいや、そんなことより、今後のことなの」

「うん・・・祐君、噂通りに可愛いお顔ね・・・いい雰囲気・・・立派になった」

「でも、今日は、お願いに来たの、だから、祐君はもっと、ドンと構えてね」


祐が赤い顔になると、隣に座る若い女性を紹介する。

「この人は、私のゼミの学生さん、大学の3年生」

「名前は、風岡春奈さん、祐君と一緒に仕事をしてもらおうかと思っています」


その「風岡春奈」も祐に挨拶。

「風岡春奈です、春奈さんと呼んで欲しいな」

小柄で、すごい美人、モデルのような感じもある。


祐は、「森田祐です、よろしくお願いいたします」と、頭を下げる。


平井恵子は、祐の部屋を見回す。

「きれいに、整理整頓してある」

「彰子先生、心配していたわよ」

「報告しておきます」


祐は、また赤い顔になる。


平井恵子は、真面目な顔になった。

「お仕事としては、古今和歌集を、現代風に全て訳し直すこと」

「それに注釈も、わかりやすく」

「古今和歌集に影響した万葉集の和歌とか、古今和歌集から影響を受けた後代の和歌、随筆、物語」

「当時の習俗を含めて」


祐は、平井恵子の意図を理解した。

「講談社で出している全訳注の拡大版のような?」


平井恵子は頷いた。

「ある程度、時間をかけてもかまいません」

「できれば、写真もつけたいかな、とも思うので」

そして、間を置いた。

「お父さんの哲夫さんとも、話をしました」


祐の顔が、また赤くなる。

「どうして、父と?」


平井恵子は、やさしい顔で、微笑んでいる。

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