第79話源氏学者秋山と和歌研究家平井の会話

源氏物語の大家、秋山康は、知人の和歌研究家平井恵子と、上野の国立博物館内のレストランで、珈琲を飲みながら話をしている。


秋山

「ああ、平井先生、秋の叙勲、おめでとうございます」

平井

「いや、恥ずかしい、文化勲章受章者に言われると、私の賞は、まだまだ小さなもので」


秋山は、首を横に振り、話題を変えた。

「今日、森田先生の息子さんに会ってね」

平井

「あら・・・懐かしい、森田先生の?」

「森田先生は、今、静岡の大学で講義をとか」

「ああ、そういえば、すごく可愛い息子さん、見たことあります」


秋山

「この4月から、大学生だそうだ」

「我々も、歳を取った・・・と言うことだ」

「弟子の子が、大学生なのだから」

平井

「何をおっしゃります?まだまだ、先生に教えを請いたい、そういう人は多いのですから」


秋山は、少し顔が曇る。

「そうは言ってもね、つい先ほどだけど、文部省の小役人と喧嘩したんだよ」

平井

「それは・・・いったい・・・どうして?」

秋山

「もっと、日本の誇るべき古典を教育せねば、と意見したのだが」

平井

「そう、思いますよ、あまりにも軽薄な文化に流れ過ぎで」

「日本人でありながら、万葉も、源氏も、枕も、古今も知らない人が多くなって」

秋山

「その意味のことを言ったら、その小役人が、まあ古典芸能の部類ですねとか、人気がなければ予算はつけられないとか、そういう研究は民間でとか、私立大学でとか・・・」

平井

「国としては、予算をつけない方向にですね」

秋山

「もっと儲かる、理系の研究に予算をつけたいと、そんなことだろう」

平井

「日本人の基本、歴史も文化も、日本という国が放棄する、軽視する、そんな様子なのですね」


秋山

「話を戻すが、例の森田先生の息子は。本物だよ」

平井

「本物とは?」

秋山

「私の今の教え子がね、人気がある彼の源氏物語のブログを読んでいて、試しに読ませてもらったんだ」

平井

「はい・・それで?」


秋山は長口舌になった。

「例の六条御息所の生き霊の話さ」

「祐君の考えでは、生き霊が出現したのは、源氏の正妻だけ」

「葵の上、女三の宮、紫の上は正式には妻ではないから正妻格とも、しっかり書いてある」

「当時の身分社会、当然、女性による女性の身分差別も厳しかった時代」

「だから、正妻とは呼べない、落ちぶれていた夕顔に六条御息所の生き霊が現れる理由はない」

「それを綺麗な文で書いてある」

「その上、夕顔の話は、大神神社の伝承と関連付けて」


平井は、興味ぶかそうな顔。

「読んでみたくなりました、逢ってみたくもなりました」

「将来有望ですね」


秋山

「来週から、屋敷に来させて、アルバイトをさせようかと」

「まあ、昔風に言えば、弟子にしたい」


平井は大きく頷いた。

「それはいいお考えで」

「私も、伺おうかしら」


秋山は相好を崩した。

「ああ、古今も教えてやってくれ」


秋山と平井の話は、長く続いている。

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