第13話

 カーリーは家に帰ると、薬草の本を読み直した。

「やはり、家にある本には初歩的なことしか書かれていませんね……」

 本を閉じ、カーリーは窓から外を眺めた。

「王国の剣術大会でアレス様が優勝したら、チャーリー様を治せるかもしれない……」

 外はやけに静かで、カーリーを不安にさせた。

「どうか、アレス様が一番になりますように……」

 カーリーは、チャーリーを心配するアレスのことを思い出し、切ない気持ちになった。


***


 剣術大会の日になった。


 ガルシア侯爵夫妻は闘技場の良い席に案内された。

 ムーア家もガルシア夫妻の隣で試合を見ることになった。

「これは、ガルシア侯爵。アレス様のご活躍が楽しみです」

「チャーリーと違い、アレスはこれくらいしか取り柄がないですからね」

 カーリーはガルシア侯爵の言葉を聞いて『アレス様にも、剣の腕前だけではなく優しさやさりげない気遣いなど良いところが沢山あります』と言いたいのをグッとこらえた。


「あ、試合が始まりますよ」

「ええ」

 ガルシア侯爵にうながされて闘技場を見ると、アレスが次々と対戦相手を倒し、勝ち進んでいた。

「やはり凄いですね、アレス様は」

 カーリーは父の言葉を聞いて嬉しくなった。

「アレス様はきっと優勝して下さいますわ! 約束していますもの!」


 カーリーが言うと、ガルシア侯爵は苦笑いをした。

「アレスと仲良く過ごされているようでよかったです。カーリーお嬢様の心が広くて嬉しいですね」

「……」

 カーリーはアレスが真剣に戦っているのに、嫌みなことを言うガルシア侯爵を苦手に思った。

「決勝は騎士団長との戦いですか……これはアレスといえども厳しい戦いになるかもしれないですね」

 ガルシア侯爵が他人事のように呟いた。


「……アレス様……」

 カーリーはアレスの勝利を祈った。

 騎士団長は槍を縦横無尽に振り回した。

 アレスは身軽に槍をかわしていたが、躓いた瞬間に悲鳴が上がった。

「あ!? アレス様の脇腹に槍が刺さった!?」

「え!?」

「きゃあっ!!」

 アレスは血を流しながらも、戸惑っている騎士団長の首に剣を当てた。


「それまで! 優勝はアレス・ガレシア殿!!」

 王の宣言を聞きながらカーリーは扉をくぐり抜け闘技場に入り、アレスに駆け寄った。

「アレス様!!」

「……カーリー様、これで大好きな兄上を助けることが出来ますね」

 アレスは力なく微笑んでいる。

「アレス様が傷ついては何の意味も無くなってしまいます!!」

 カーリーは泣きながらアレスの傷口に手を当てて、目を閉じた。


「いけない! カーリー! 人前で魔術をつかえばお前は魔女と呼ばれてしまう!!」

 父親の制止を無視して、カーリーは叫んだ。

「アレス様、死なないで!! ヒール!!!」

 カーリーの手が輝き、アレスの傷口が閉じていく。

「え!? 魔法!?」

「魔女!?」

 観衆がざわめいた。


 ムーア男爵は慌ててカーリーとアレスを民衆から見えないよう、闘技場から連れ出した。

「……カーリー……いけないと言ったのに……」

「お父様……魔女と呼ばれるくらい大したことではありません。アレス様の命の方がずっと大事です」

 ガルシア侯爵は渋い顔で首を横に振った。

「……魔女を家に迎えることはできない」

「え!? それは事前にお伝えしていた事ではありませんか……?」

 カーリーの父親がガルシア侯爵に問いかけると、ガルシア侯爵は言った。


「状況が変わった。民衆に魔女と知られた者を、ガルシア家の一員にすることはできない」 カーリーが立ち尽くしていると、アレスがカーリーとガルシア侯爵の間に割って入った。

「私の命より、体面が大切なのですね。良く分かりました。父上……いえ、ガルシア侯爵」

 カーリーの父は俯いていたが、傷だらけのアレスと、涙に濡れているカーリーを見て覚悟を決めた。

「それでは、アレス様をムーア家に迎えさせて頂きたい」


「……ムーア男爵……正気ですか? 侯爵家の息子を易々と手放すとお思いですか?」

 アレスが卑屈な笑みを浮かべて言葉を挟んだ。

「父上、兄上を治して差し上げる代わりに私を自由にしてくださいませんか?」

「チャーリーを治すだと!?」

 ガルシア侯爵の顔色が変わった。


「アレス様……」

 カーリーはアレスの腕をそっと掴んだ。

「カーリー様……私は目が覚めた気分です。いままで野蛮な振る舞いで誤魔化していましたが、父上も母上も……私を愛してはいません」

 ガルシア侯爵は言葉もなくアレスから目をそらした。

「優勝した者は、王に何でもひとつ願いを聞いて頂けると伺っております。兄上の体を治す秘術が書かれた文献も見られます。カーリー様が読めば、兄上を健康にすることも可能です」


「本当ですか? カーリーお嬢様?」

 ガルシア侯爵がカーリーにたずねる。

「文献に書かれていれば、可能かと……」

 カーリーの答えを聞いて、アレスは王のもとに向かった。

 アレスとカーリーを見て、王は言った。

「アレス、良く戦った。カーリー嬢、勇気を持ってアレスを助けてくれたこと、感謝する。アレスよ、願いを言うが良い」

 

 アレスは王を見つめて、良く通る声で言った。

「兄の病を治すため、秘伝の書を見せて頂きたい」

「……それは……」

 王が返答に困っていると、王妃が微笑んで答えた。

「構いませんわね、あなた」

「王妃様……」

 アレスとカーリーの顔に安堵の色が見えた。


 王も了承し、アレスとカーリーは宝物庫に案内された。

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