第2話 催眠アプリ

 当日クラスで流行っていた催眠アプリ。

 流行っていたと言っても、別に誰も信じちゃ⋯⋯いや、結果から言えば若干一名以外は信じていなかった。


 流行っていたのは正確に言えば


『催眠アプリを見て、催眠術に掛かっているフリをする』


 というミニコント。

 それが陽キャ達の間で流行っていたのだ。

 俺はそのブームが嫌いだった。

 

「高橋、ズボン脱げ!」


「脱ぐわけねぇだろ⋯⋯うわあああああ、身体が勝手にぃ!」


「ギャハハハハハ、高橋オメーのパンツなんだよ、お母さんに買って貰ったのかよ!」


「ちげーよ、思春期の息子がお袋にパンツ買って貰うわけねぇだろ、オヤジのお古だよ!」


「そっちはもっとネーヨ! ギャハハハハハ!」


 陽キャ高橋とギャルの渋沢のこんなやり取り。

 俺は心の中で⋯⋯


(おまえ等のノリ、全然面白くねーよ? 所詮身内ノリの、くだらない、レベルの低い笑いだからな?)


 などと、色々こじらせていた。

 今ならわかる。


 『面白い奴だと思われたい』という、他人からの評価を得ようと躍起になり、他者からの承認欲求に飢えていた俺とは違い⋯⋯。

 彼らは『自分たちが面白いと思うことを、素直に実行して楽しむ』という、健全な精神の持ち主だったのだ。


 だが、当時まだまだ子供だった俺にそんな事が分かるはずもなく、クラスに蔓延するこの『催眠アプリを使ったミニコントブーム』に乗っかる事を拒否していた。


 誰にこのネタを振られても、絶対やらねーぞ!

 

 そう心に誓っていた。



「三島くん、これ見て!」


 放課後、片想いしていた詩織に催眠アプリを見せられ、俺は誓いなど全力で破り、全力で乗っかる事にした。


 腕をダラリと下げ、口は半開きにして、脱力した芝居をする。

 目も白目を剥くようにして、催眠かかってますアピールをした。


「三島くん⋯⋯?」


 詩織が俺の顔の前で手を振った。

 反応して目をつぶってしまわないように、まぶたに力を込める。


「本当に、かかっちゃったの?」


 返事をすると台無しなので、俺は黙っていた。

 詩織はしばらくそのまま考えていた。


 いや、瞼辛いな、と思いさらに力を込めた時。


「⋯⋯えい!」


 ひゅん、と、眼球に風を感じた。

 睫毛に、僅かに物が触れる感覚があった。

 黒眼をちょっとだけ正面に戻すと、視界いっぱい肌色で埋め尽くされていた。

 詩織がボソッと一言。


「目突きを寸止めしたのに、目を閉じない⋯⋯本当に催眠に掛かってる?」


 いや、確認の仕方怖いな!


「よし、それじゃあ⋯⋯暗示、かけるね?」


 詩織が問い掛けてきたが、もちろん返事はしない。

 この芝居が台無しになるからだ。


「⋯⋯じゃあ、いくよ?」


 はーやーく!

 瞼が限界!


 さて、何の暗示を掛けられるのか。

 俺が眼瞼挙筋の限界に挑戦していると⋯⋯。


「三島くん、私の事を好きになって!」


 と、思いもよらない暗示を掛けられた。



 その後、俺は芝居を続けた。

 その場で付き合って欲しい、と彼女に告白し──俺たちは付き合う事になった。


 これが無ければ、きっと、俺は詩織に告白する勇気なんて出なかっただろう。


 だからこのミニコントは、引っ込み思案な俺に告白するきっかけをくれた、と思っていた。


 

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