第5話

 中島はカフェにニカを呼び出し、先ほどの事のあらましと今回の事件に対する自分の推測をまくし立てるように一息に喋り、それをニカは静かに聞いていたが、途中で中島の話を聞いているのがバカバカしいと思ったのかスマホをいじり始めた。


「おい、聞いてるのか?」


 中島が言うとニカは「何よ?」と言いたげな顔で中島をにらんだ。


「っていうかさ、本当になかじを殺したいんだったら、なかじを操って殺せばよくない? 何でわざわざそんなめんどくさいことするわけ? 憑依とか洗脳の能力があるかどうかも分かんないのにさ、ちょっと残念な人だね、なかじって」


 ニカはキャラメルフラペチーノを片手に、目の前の親子ほども年の離れたおじさんに今度は哀れむような視線を向けた。


「いや、まだ分からないだろ。真犯人にも操りにくい人間がいるのかもしれないし」

「もっともらしいこと言ってるけど、全部的外れでしょ。前回の適合者のことをやたら気にしてるけど、年齢にそぐわない喋り方だったのは人との会話に慣れてないだけだろうし、最期の言葉だって私は全然気にならなかった。さっきも言ったけど、なかじを本当に殺したいんだったら、なかじを操ってビルから飛び降りるなり、車にかれるなりすればいいじゃん。わざわざ人に襲わせる必要ないでしょ」

「確かにそうかもしれないけど、じゃあ、警察官はどうなんだよ? そいつは俺を見るなりいきなり拳銃をぶっ放したんだぞ」

「警察官を装っただけなんじゃない? 制服も車も用意して」

「警察官の制服はコスプレじゃない。パトカーだってそうだ。許可なくそんなことをすれば捕まるんだぞ? お前は犯人がそれを用意できるほどの巨大組織か何かの一員だって言いたいのか?」

「お前?」

「内藤巡査はどう思ってらっしゃるのでしょうか?」


 ニカは慇懃無礼いんぎんぶれいな中島の言い方に納得していないようだったが、小さなため息を一つつき、少しずつ中島に話し始めた。


 ニカの話では学校で復讐屋ふくしゅうやと呼ばれる犯罪集団が噂になっているらしい。ターゲットになった相手は拷問され、以後の人生に深刻な身体的障害を負うか殺される、もしくは強姦ごうかんと監禁が何日間にもわたって行われ、まともに言葉を喋ることすらできなくなるまで精神的に追い込むのだそうだ。


「それこそ都市伝説かマンガみたいな話だな」

「ちょっと、バカにしてる?」

「まあ、かなりな。そんな犯罪がまかり通って警察が黙ってるわけないだろ」

「黙ってるんだからしょうがないじゃん。現になかじだって知らなかったわけだし」


 ニカはそう言うと中島に自分のスマホを見せた。スマホにはどんな気色の悪いホラー映画の映像よりも気持ちの悪い映像が際限なく続いている。


「うわー、胸くそ悪いな。あれか? これは全部、被害者達の携帯を使って動画や画像をあげてるから犯人達の身バレもないってか?」

「そう。しかも、通報したり事件を明るみにしようとすると消されちゃうんだって」

「ふーん」

「何それ?」

「何が?」

「だから、こいつらがなかじの言う真犯人なんじゃないのって言ってんの」

「そうかもな」

「全然信じてないよね。さっきまで死にそうな顔して泣きついてきたくせに」

「そうだな、たかだか顔面斬られて、頭殴られて、拳銃で発砲された上に今までの捜査が的外れだって言われただけだってのに、気持ちの整理をさせてくれなんて虫のいいこと言い出すのはどうかしてるよな」

「その整理はいつ終わるの?」

「分からない」

「私、帰るね」

「さよか。俺も帰って寝るわ」

「もう襲われても私をこんな所に呼び出さないでよね」

「さすがに警察の官舎を襲わないだろ」

「お隣さんを操って殺しにくるかもよ」

「憑依型の能力なんて無いんじゃなかったのか?」

「せっかく取って置きの情報を教えてあげたのにバカにする人なんか知らない。ごちそうさまでした」


 ニカは席を立ち、そのまま店から出ていった。中島はそれを見送るでもなくぼんやりと眺めた後で、今回の事件について考える。


「復讐屋ねぇ」


 中島は残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干し、店を後にする。何にせよ今日の自分にどうにかする気力は無いと諦め、家に帰って眠ることにした。

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