第2話
西東京エリアS区。ここは15年前の爆発事件があるまではアジア有数の繁華街を有する巨大都市だった場所だが、一度焼け野原になった今では不法占拠し住み着く輩達で
2人が現場に到着した時にはすでに適合者はおらず、殺された被害者と野次馬だけが残されていた。
被害者は全部で8人。ある者は体に拳大の穴がいくつもあいており、ある者は不自然な形に折りたたまれていた。両手両足を引き千切られた者、頭部を握り潰されたような形跡のある者、殺され方は人数分だけ用意されていた。
「ってかマジでこの人達には悪いけど、においが無理。なかじよく平気だね」
「慣れろ」
「無理」
ニカは変わり果てた被害者達を見たくないらしく、鼻を押さえながら遠巻きに被害者達を見ている。
「肉体強化系のやつかもな」
「そうかな? 人の体を豆腐か粘土みたいにするやつかもよ」
「とにかく目撃者を捜そう」
「私、明日も学校があるんですけど」
「そうだな、お前はもう帰っていいぞ」
「『帰っていいぞ』って、送ってってくれないの?」
「俺まで現場を離れるわけにはいかないだろ。タクシーでも拾え」
「こんな治安の悪い場所で、しかもこんな深夜にタクシーが通るわけないじゃん」
「そうか、残念だったな」
「他人事みたいに言わないで!」
ニカの苦情を無視してまた中島はタバコを吸い始めた。鑑識や警察の応援はもう呼んである。それまではどうすることもできないと、ちょうど座れるようながれきの上に腰をおろした。
「妙な世の中になっちまったな」タバコを吸いながら、中島はぼんやりと思った。一昔前ならこれだけの人間が殺されていたら、連日世間を騒がせそうなものだったが、適合者犯罪が横行するようになってからは天気のニュースよりも需要がない。皆慣れてしまっている。それに40過ぎの中年おやじと女子高生が同僚の現場というのも変な話だ。
確かにニカの腕は本物で、特殊犯罪対策課の中でもエースと呼ばれるほどの実力者だ。けれど若すぎる。国は未成年者を夜中に引っ張り出さなければならないほどに適合者にいいようにやられているのだ。中島はそんな今の現状を苦々しく思っている。
「ねえ、無視しないでよ。私帰りたいんですけど」
「応援は呼んだ。そいつらが到着したら誰かが送ってくれるだろ」
中島がまた深くタバコを吸いこんだその時、一人の中年男性が近寄ってきた。痩せ細った体と落ち窪んだ顔が目を異様に大きく見せている。
「すみません、通報した者です」
男のおずおずと話すその様子に覇気は無く、声が小さい。人と喋るのが苦手そうな、暗く近づきがたい雰囲気のある男だった。中島は男にこれから少し事情を聴かせてほしいと言おうとしたその瞬間だった、男性の大きな目がさらに大きく見開かれ、早口に大声で怒鳴り始める。
「お前、僕のことを見てコミュ障の陰キャだって思っただろ? 言い訳するなよ? お前らのその哀れんだ目をずっと見てきたから分かる! バカにするな、ゴミのくせに! せっかく通報してやったのに何だその態度は! 僕達の税金で生きてる乞食のくせに、無能が偉そうにするなよおっさん!」
男の剣幕に中島があっけにとられていたその瞬間、何か大きなものが中島目がけて向かってきた。中島はそれを何とかかわす。標的を失った何か大きなものはそのまま地面にめり込んだ。よく見ると何か大きなものはどうやら男の腕のようだった。
「生意気にかわしてんじゃねえよ、死ねよ」
痩せ細っていたはずの男の体はいつの間にか2メートルを超える
「適合者になって人間やめちまったのか?」
「うるせえ!」
男は今度こそ中島を殺そうと腕を振りかぶったが、その腕が不意にごとりと地面に落ちた。ニカが青白く光る日本刀で斬り落としたからだ。続けてもう片方の腕も斬り落とし、胴体を袈裟斬りに斬り捨てた。飛び散る
ニカは自分が斬り捨てた適合者の男よりも、顔に血飛沫がかかった自分の方が不幸だと信じている。ハンカチで顔を拭うと手鏡とにらめっこを始め、手鏡とにらめっこを始めたニカはしばらく使い物にならない。
「お前らの面は覚えたからな」
そう言い残して男は絶命した。奇妙なことを言う。年の割に幼い言葉遣い。それに死を覚悟していたはずの人間が最期に言うせりふでもない気がする。しこりのような違和感は、この事件がこのまま素直には終わりそうにないことを告げているようで中島はうんざりした。
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