彼女に思いを伝えた。

御愛

そんなに好きじゃなかったのかな。


 「私も」って、言ったじゃないか。


 僕は着信の止んだスマホの画面に視線を落とす。今までのやりとりがつらつらと縦に連ねてあった。



「好きだ」


「私も」


————ここから未読です————


「ごめんね。やっぱり付き合えない」


「ハル優しいから、私には勿体無いよ」


「友達のままがいい」



 昨夜の話だ。僕は、友人である彼女に告白した。LINEメッセージでの告白はやめておいた方がいいとよく聞くけど、僕はその時、どうしようもなく感情が昂ってしまって、ついそんな言葉を送ってしまった。


 送って後悔しても遅かった。一秒も待たず既読が付いた。そして分を跨いだ後、返信が来た。そこには簡素な二文字が整然と並べられていた。


 そこの空間だけ切り取られたかのように見えた。たった二文字の反響は凄まじく、脳を揺さぶった。


 僕は歓喜した。読書家のくせに、この状況に見合うだけの昂揚の思いを表現できずにいた。頭は鮮やかな色で満たされた。



 そして翌日の通知だ。


 またしても彼女からの連絡に僕の胸は高鳴ったが、まるで上げて落とすかのようなその内容に、息が詰まった。


 どうしようもない虚脱感と、まるで夢でも見ているかのような浮遊感に見舞われた。昨夜とは一転、それらの感覚は全く逆の意味で僕の身に落とされた。


 一晩経って冷静になったのだろうか。それとも、最初から断るつもりでいたのか。どちらにしろ彼女の本心を僕が知る術は無い。


 彼女と会って話がしたかった。


 その一心で、拒否感溢れる登校を決意したのだ。


 教室に入ると、誰もいなかった。勿論これは僕が意図してこの時間に来ているだけだ。誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る。生徒会としての仕事がある為、これは僕の習慣だった。


 続々と登校する生徒達を、机を整えながら窓から眺める。一人で来ていたり、友人と来ていたり。そこには様々な人間集団の形があった。


 ふと、一組の男女が目に留まった。上級生の二人だ。美男美女という事で校内では有名な公然のカップルだった。会話をしながら校門をくぐる。ようやくその表情まで窺える距離に至った彼らは、二人とも幸せそうな笑顔で溢れていた。


 昨夜と今朝の事があったからか、どうにもそんな人達に意識が向いてしまう。恋愛とか、カップルとか、恋人とか、そんな言葉が頭の中をぐるぐると巡り占領する。


 僕は彼らを眺める行為を逃げるように終わらせ、自席に向かった。


 自分の好きな本を読み始めるが、内容が頭に入ってこなかった為すぐに切り上げた。もどかしさに息が詰まる。こんな思いをするくらいならさっさと彼女を問い詰めて、このわだかまる思いを解消させたかった。



——————彼女の登校は遅かった。登校時刻を過ぎるか過ぎないかというところで教室に友人と共に入ってきた。


 友人と一緒なら少し話しづらい。朝話すのは諦めるか。


 そんな打算をして彼女達が席に着くのを見送った。このモヤモヤを抱えたまま授業に臨むのかという思いが過るが、それも仕方がないだろう。第一、話しかけるにしても彼女の友人達が邪魔になる可能性が高い。


 

 そんな折、突如僕に声がかけられた。その声の元を辿ると、今さっき席に着いたはずの彼女の友人と目があった。


「あれ、ハルくん来てんじゃん」


 彼女と僕の接点はあまり無い。それでも用事があればこうして普通に話しかける程度の仲だが、今回の"用事"は声の掛け方からも少し毛色が違っているように思えた。


 僕の背筋が震える。僕の思考は今現在、彼女に関わる事で埋もれている。彼女の友人から話しかけられたという事実は、僕に最近の出来事との関連を伝える役目を十分に果たしていた。


 そして、その予感は当たっていた。


「ねぇ、昨日サヤカに告ったんでしょ?!」


 少し興奮した様に、そんな事を言ってきた。


 最悪だ。







 僕が彼女……サヤカに告白したことは、クラス中の噂になった。どうやらサヤカ自身が友人に話したらしい。最悪だった。


 友人達からは、LINEで告白するのは良くなかったとか、もっと仲良くなってからだとか、そもそもスペックが釣り合っていないだとかとてもありがたい言葉を頂いた。


 面白そうに含み笑いを持たせながら、さも恋愛熟達者のようにしたり顔で語るその言動は、まるで僕の心に響いてこなかった。




 不思議と怒りが湧いてこなかった。


 様々な感情が渦巻いていた気がするが、確信して言えるのは彼らに感じた失望感と、この状況で普段のように話しかけてくるサヤカに対する呆れだった。


 僕が間違えていた事は分かった。


 何を間違えていたのかは分からなかった。


 

 幼馴染である彼女はよく笑い、話が面白く、趣味も合った。二人で出かけた事もあった。それらのかけがえのない毎日を否定する気分にはなれなかったが、きっと何処かで歯車が狂っていたのだと感じた。

 

 彼女は僕が告白した事を人に言いふらすような人間だった。


 その事実だけが飲み込めないでいる。


 僕はいつからかサヤカの事が好きになり、魅力的なフィルターを通して彼女を見ていたのかもしれない。それが僕の判断を狂わせ、こうして自業自得の結果に落ち着いた、と。


 そう断定するのは簡単だが、いかんせん彼女とは十数年間の長い付き合いなのだ。そこまで相手のことを知らずに好きになったとも考えにくいわけだ。


 考えれば考えるほど色々な思考が混ざり合い、訳が分からなくなってくる。そもそも何に対して考えているのかすら、分からなくなってくる。


 何故自分がフラれたのか?


 何故彼女を好きになったのか?


 自分は何を考えているのか?


 彼女は何を考えているのか?


 この先どうすれば良いのか?


 彼女とは、どうすれば良いのか?


 

 ……僕は改めて、彼女について考えてみる。


 今朝彼女とは面と向かって話した。彼女は悪びれもせず『友達』を強調しながら僕らの関係を継続させようと言ってきた。


 それはなんだか僕の立場を下に見られているようで、偽善者ぶった態度がひどく印象に残った。


 そんな彼女の顔を思い出し、今の僕の感情を整理すると。


 ………ああ、僕はもう彼女が好きではないんだなと気づく。


 結局、その程度の感情だったわけだ。少し期待が裏切られただけで、好意が薄れるような。


 自室の椅子の背もたれに体重を預けたまま、机に乗せていた足を床に下ろした。





 そこで僕は思考を切り上げる。何はともあれ、人生はまだまだ続いていくわけだ。すぐに卒業というわけにもいかないし、学校生活もまだ続く。彼女との生活も、続くわけだ。


 色々な疑問は答えをつけずに忘れる事にした。いつまで考えてもいられないし、好意が冷めた事で全部馬鹿らしくなってしまった。


 僕は取り敢えず、本を読む事にした。今朝は頭に入ってこなかったその内容も、まるで繰り返し読み込んだかのようにスラスラと理解できた。


 明日は何をしようか。本を読み終えた後は、そんな思考に耽る。


 今日も結局のところ、なんて事ない日常だった。

 

 そんな言葉が頭に浮かんで。



 僕は小さく、本当に小さく、笑った。






 

 

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彼女に思いを伝えた。 御愛 @9209

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