エピソード01 妹という存在
『ニュースをお伝えします』
朝、寝起きで全く働かない頭でボケーっとしながら朝食を食べていると、テレビからそんな声が聞こえてきた。
学園まで、まだ時間がある。
なので、ボケーっとしたままテレビに視線を移す。
『昨日未明、星舞市の市長、市川成俊氏が何者かに殺害されました。犯人の行方は分かっておらず、現在も警察の捜索が続いている状態です』
またか、と俺は思った。最近こういう殺人事件が多い。
しかも、狙われるのは何故か政府の議員や有名人といった大物ばかり。
その殆どが汚職に手をつけていたり、裏で犯罪紛いの事をしていたりしても国の法では捌けないような人物だ。
今回もそういった類の人物だったようで、市のお金を勝手に横領したり、その金で風俗店に行っていたりしていたとアナウンサーが伝えている。
多分、今回の殺人事件も同じ人物が犯人だろう。だが、警察も全く足取りをつかめていない状態のようだ。
ちなみに、俺が昨日爺さんに任された事件はニュースにはなっていない。そもそも表沙汰にできるような内容じゃないからな。
「最近多いわねぇ、こういう大物を狙った殺人事件」
そう言って自分の分の朝食を運びながら俺に話しかけてきたのは、俺の義理の母親である
「そうだな。でも、因果応報じゃないか? 裏で犯罪紛いな事しておいて、それを揉み消してるんだから」
「そうは言ってもね、気分がいいものじゃないわ、殺人事件っていうのは」
確かにそうかもしれない。
だけど、世の中には死んだ方がマシだと思う人物がいるのも確かだ。犯罪を犯罪だと思ってない奴とかな。
「それにしても、鮮やかな手口よね。脳天を一発で撃ち抜いてるんだから。その割には、どこにも銃弾が落ちてないらしいわよ」
ニュースでもそんな事を言っていたが、それはありえない話だ。
通常、銃弾で撃ち抜かれたら脳内に銃弾が残るか、威力が強ければ貫通して地面に落ちるかだ。
だが、そのどちらでもなく死体にただ銃弾で撃ち抜かれた跡が残っているだけとアナウンサーが言っている。
脳天を確実に一発で撃ち抜いているらしいから、多分接近して撃ち殺したわけじゃないだろう。そもそも護衛のいる人物に接近するのは容易ではない。
なら、遠くから狙撃した可能性が高い。だとしたら、現場に銃弾の跡が残っていないのがおかしい。
狙撃は大体高いところから狙う。その場合、必ずと言っていいほど地面か壁に銃弾が当たった跡が残る。
その跡が現場に残っていないという事は、残る可能性は。
「やっぱり、魔導士の仕業かしらねぇ……」
「だろうな。しかも、この鮮やかな手口……相当な腕の暗殺者だろうな」
そんな奴に狙われたとしたら、その時点でもう人生は終わりだろう。
ま、俺には関係のない話だがな。
「一桜も気をつけなさいね」
「いや、心配はいらないだろ。狙われてるのは犯罪に手を染めた大物ばかりだぞ? 俺は犯罪にも手を染めてないし、ましてや大物ですらない」
「分からないわよ? 何がどういう経緯で狙われるようになるのか。ひょっとしたら道端で百円玉を拾っただけで狙われるようになるかもしれないし」
「そんなバカな」
百円拾っただけで命狙われたら世話ねえよ。どんだけみみっちい奴なんだよ、その暗殺者。
「とにかく、気をつけるに越した事はないわ。特に夜道は気をつけるのよ?」
「はいよ」
母さんが心配してくれてるんだ。それを無碍にする必要はないだろ。
母さんとの会話が一区切りついたところでリビングの扉がガチャっと開かれた。
「ふわぁ~……おはよー」
すると、開かれた扉から寝癖のついた眠そうな女の子が入ってきた。
この子は俺の義理の妹で、聖桜さんの実の娘の
顔つきは整っていて、胸も小さいってわけじゃなくそこそこあって、引き締まるところは引き締まっていて、はっきり言って美少女と言っても過言じゃない。だけど、そのだらしなさが全てを台無しにしている。
「もう、美桜! はしたないわよ! 女の子なんだから身だしなみには気をつけなさい!」
「はーい。じゃあ兄ちゃん、髪の毛といてー」
「いや、自分でやれよ」
なんで、自分でやらず真っ先に俺に頼むんだよ。
「いいじゃーん、やってくれても。大体、いつもやってくれるじゃん」
「だからこそ、そろそろ自分でやれって言ってるんだ」
「自分でやったら櫛に髪が引っかかって痛いんだよー。兄ちゃんの方が上手いんだからやってくれてもいいでしょ」
「前にもちゃんとやり方教えただろうが」
「そんなもん、全部聞き流してるに決まってるでしょ」
何を当たり前のように言ってやがるんだ。要は自分でやる気がないだけだろ。
「あ、分かった! じゃあ、やってくれたら私のおっぱい揉んでくれてもいいよ!」
「結構です」
「じゃあ、お尻!」
「遠慮します」
「じゃあ、いっその事私の初めてあげる!」
「いらないです」
ていうか、そんな事のために初めてあげようとしてんじゃねえよ。
「じゃあ、どうしたらやってくれるの~」
万策尽きたのか、美桜は甘えるように俺にしなだれかかってくる。
だらしない格好しているのに美桜からいい匂いがしてくるから不思議なもんだ。そこはちゃんと女の子なんだなと思う。
「はぁ……櫛とドライヤー取ってこい」
「やった! ありがと兄ちゃん!」
義妹は現金なもんで、俺が仕方なくでもやってやる姿勢を取ると駆け足で洗面所に向かった。
その後、櫛とドライヤーを取って戻ってきた美桜の髪の毛をといてやる。
その瞬間、ふとその光景が昔の記憶の光景と重なった。
そういえば、昔にもこうやって妹の髪の毛をといたな。もうこの世にはいない実の妹の髪の毛を。
「……兄ちゃんはさ、家に引き取られてそれなりに経つけど……今幸せ?」
髪の毛をといていると、美桜が唐突にそんな事を聞いてきたので、重ねていた光景を記憶の隅にやる。
「なんだ、急に?」
「いやさ、兄ちゃんはなんでもないように振る舞ってるけど、時折悲しそうな表情する事があるから」
俺は今、内心動揺している。
美桜は俺に背中を向けているが、俺が昔の事を重ねていた事に気がついたと思ったからだ。
だが、流石にそれはないだろうと思い、動揺を抑え込む。
「……俺にも分からない」
俺は美桜の質問にそう答えた。
確かに、今は昔よりは幸せなのかもしれない。だけど、だからこそ、この幸せを失うのが怖い。
それに、心の何処かにぽっかりと穴が空いているみたいで、これが幸せであるはずなのに物足りなく感じる。
「……そっか。でも、分からないって事は少なくとも不幸には感じてないって事でしょ?」
「ああ」
「なら、今はそれだけで十分だよ。兄ちゃんがこの先幸せだと感じられるようになるなら、それで」
俺が話してないから美桜は俺の過去の事を知らない筈だ。それでも俺に何かあると感じ取って、あえて聞かずに俺に寄り添ってくれる。
それが、どんなに有難い事なのか俺でもよく分かる。
「ありがとな、美桜」
背中を向けているが、その時美桜が微笑んだように感じた。
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