超越魔導士と魔の心臓

廣河 遼

プロローグ 不気味な宝石

 東京都星舞市4区、旧市街。


 その一角にある廃棄された倉庫が見える建物の屋上から俺は相手に気づかれないようにドローンを飛ばして手元の端末で様子を窺っていた。


 俺の視界にはガラの悪そうな男たちと真っ黒なスーツに身を包んだ男たちが怪しげな取引をしている。

 全員魔導士なんだろう、それぞれ身体に普通の人間には見慣れない特徴を持っている。


 見た目的に暴力団崩れの不良どもとそれなりに護身術を身につけた裏の商人ってところか。


「これが指定されたブツだ」


 ドローンはしっかりと音声も拾っているようで、相手の声が片方だけのイヤホンから聞こえてくる。


 不良どもはリーダーらしき奴が手に持っていたアタッシュケースを開けて取引相手に確認させるように中身を見せた。

 その中身は角度によって色の変わる宝石のような物で、中の光が心臓の鼓動のように脈打っている不思議な代物だった。


「確かに。どうやら偽物でもなさそうだな」

「偽物かどうかは知らねえが、アンタらから特徴を聞いて、それを元に街中の怪しげな骨董屋を回って仕入れたもんだ」


 なるほど、どうやってこんな代物を手に入れたかと思えば、政府でも把握しきれていない裏の骨董屋に出回っていたのか。


「しかし、オタクらそいつをどうするつもりだ? 正直、オレらには触れるのも躊躇われるような気味悪いもんにしか見えねえんだが」

「知らない方がいい。これの存在を知っているだけでも命の危険があるんだ、効果や使用法なんてものを知ってしまったら最後、政府に消されるぞ」

「うげっ、マジか。んな危険なもんだったのかよ」


 不良どもは自分たちが手に入れた物で政府に消されると聞いて戦々恐々としている。


 でも、そういう事が本当にありえる。政府でも穏健派ならともかく、過激派の場合は存在を知っているだけでも消す可能性があるからな。

 それほど物騒な代物なんだ、こいつらが取引している物は。


「だったら、さっさと金を寄越せ。こんなもん持ってたら命狙われちまうよ。オレたちはまだ死にたくねぇ」

「承知した。これが約束の報酬1億円だ、受け取れ」

「やったぜ! これでしばらくは遊んで暮らせる!」


 証拠も揃ったし、俺は取引している現場を現行犯で取り押さえようと動き出した、その時――


「うわっ! な、なんだ!?」


 突如として商人と不良どもの近くに門のようにも見えるものが現れた。

 その門の内側には魔法陣のようなものが現れており、全体的に赤黒い色をしている。門の内側の空間は歪んでいて奥までは見えない。


 こいつは魔界ゲート! このタイミングでかよ!


 内側の魔法陣が消えると同時にゲートの中から狼にしては体躯の大きい怪物が現れた。


「グォオオオオオ!!」


 その狼型の怪物は現れたと同時に大きな雄叫びを上げ、目の前の人間たちを睨みつける。


 俺はすぐに建物の屋上から飛び降り、廃棄された倉庫に向かって駆け出す。

 俺が走っている最中に怪物は視界の先で人間たちを食い殺し始めた。


「う、うわぁーーーー!!」


 その人間たちである商人や不良どもは突然のことに対処できず、逃げ惑う者が殆どだ。中には対抗しようとしてる者もいるみたいだ。

 だが、その場にいた者は呆気なく怪物に殺されてしまう。


 その後、怪物が目をつけたのは例の宝石のような代物が入ったアタッシュケースだった。


 ちっ、それはまずい。怪物だろうと、あれを取り込んだ奴は強力な力を手に入れる。俺でもそいつを対処するのは困難だ。


「心装顕現」


 俺はすぐさま何もない空間から刀を出現させる。


 怪物は例の宝石を取り込もうとアタッシュケースごと空中に放り投げ、食らいつこうとした瞬間に俺は握りしめた刀をアタッシュケース目掛けて投げつけた。

 俺の刀は見事にアタッシュケースを貫き、壁に突き刺さった。


 ……間に合ったか。


 怪物は食らおうとした物が貫かれたことに驚いたようだが、すぐに邪魔した奴ーーつまり俺を睨みつける。

 怪物は邪魔されてことに相当怒っているようで、さっきよりも気性が荒い。


「何怒ってるんだ、そう簡単にパワーアップなんてさせるわけないだろ」


 俺は怪物に向かってそんなことを言いながら、もう一振の刀をどこからともなく出現させる。

 それだけで怪物は俺が魔導士だということが分かったのか、その場から火の球を吐き出してきた。

 俺はその火の球に向かって刀を振るうだけで、火の球を斬り裂いた。


 怪物は斬れる筈のない火の球を斬られた事に驚いているが、今のは何かの間違いだとでも思ったのか、また数発の火の球を放ってきた。

 俺はその全てを斬り裂きながら、怪物に近づいていく。

 そして、目の前まで来ると、俺は刀を腰の位置に移動させて技を放つ。


【白峰神明流――肆ノ型〝落桜一閃〟】


 俺は鞘に納めていない状態で落ちてきた桜の花びらを斬り裂くように居合斬りを繰り出した。


 怪物はそれをまともに食らって真っ二つに斬り裂かれる。

 斬り裂かれた怪物はそれで絶命したようで、その身体が粒子のなって消えていった。


 どうやら、今の怪物がゲートを発生させた原因だったようだ。怪物を倒した事でゲートは消え去っていった。


「……なんとかなったか」


 俺はゲートが完全に消え去ったのを確認して、例の宝石が入ったアタッシュケースを回収する。

 回収したアタッシュケースの中身を確認すると、その中には例の宝石が粉々に砕かれていた。

 俺が投げ飛ばした刀は狙い通り、中身の宝石も砕いていたようだ。


 ここまで粉々になっていると、最早なんの効果もない破片でしかないだろう。

 だが、もしものために俺はそれを持って倉庫から出ていく。


 顔がバレないようにと、俺はフード付きのコートを着ていたが、無駄になったようだ。

 そのコートを脱いで肩にかけると、そこには黒髪黒目の日本人特有の見た目をした、何処かの制服に身を包んだ男子学生である俺、神木一桜かみきいおの姿が顕になる。


 俺はポケットから端末を取り出し、ある人物の名前をタップして電話をかける。

 数コール鳴った後、その目的の人物が通話に出た。


『もしもし』

「仕事終わったぞ、後片付け頼む」


 俺が電話をかけた相手は俺に仕事を振ってきた相手で俺の義理の祖父でもある。

 俺はその祖父に今回の顛末を伝え、その後片付け頼んだ。


『おー、そうか。予想外の事態に遭遇したようだがようやった』

「よくやったじゃねえよ、人が学園から帰ろうと思った矢先に仕事を振りやがって」


 そう、制服を着ている通り、普段俺は学生だ。

 普通なら学園で学生生活を過ごした後、そのまま帰って家で過ごすつもりだった。


『そうは言ってもな、こんな仕事を頼める奴はお前しかおらなんだからな』

「そんなもんあんたの部下にやらせればいいだろ」

『儂の部下でもあれの存在を知っているのはほんの一握りだ。しかも今は他の大きな仕事に対処している。今回のような不良が商人に売って金を稼ごうとしているような小さな案件にまで手が回せないんだ』


 あれとは今回俺が破壊した不気味な宝石だろう。


『だが、小さな案件でもあれを何者かの手にさせるわけにはいかぬ。何かの拍子に何者かが取り込んだり、世間にバレてしまう可能性があるからな。身近にあれの存在を認知していて動ける者がお前しかおらなんだ』


 だからって、俺みたいな一学生に任せるような仕事か?


「何度も言ってるが、俺は普通の学生生活を送りたいんだよ。大体、あんたがあの学園に通わせたんだろうが」

『普通の学生生活って……お前さん、友達も作らずいつもボッチで過ごしているではないか。それの何処が普通の学生生活なんだ?』

「うるせぇ、楽しくないのに楽しんだり悲しくないのに悲しんだりするような上っ面だけの付き合いがしたくないだけだよ!」

『本当にそれだけか?』


 電話越しの声が急に真剣味を帯びた。


『お前さん、自ら他人を遠ざけているではないか。下手をすれば、美桜と麗桜まで遠ざけようとしているだろう?』

「…………」

『美桜と麗桜が言っていたぞ。一桜は常に手綱を握っておかないと何処か手の届かない遠くへ行ってしまいそうだと』

「…………」

『一桜、お前は何をそんなに恐れている? 美桜も麗桜もそれに学園の生徒も、お前に危害を加えるような人間ではない。だから人を怖がる必要はないんだ』

「……別に、人を怖がってるわけじゃない。本当に上っ面だけの付き合いが面倒なだけだ」


 全部本当のことだ。俺は人を恐れているわけじゃない。そう、人は……ね。


「そういうことだから! あまり俺の学園生活を邪魔するなよ?」


 まだ爺さんが俺に小言を言おうとする雰囲気があったので、俺は無理矢理この話をぶった切らせてもらった。


『……まぁ、なるべくお前の手を煩わせるような事はせんよ。だが、今回のように手が足りない時は頼む』

「そんな事態に陥る事がないようにしてもらいたいんだが……まぁ、確かにあれをそのまま捨て置くわけにはいかないもんな」

『ああ、だからわしらはそれを製造している裏の研究者や悪用しようとしている魔導士の殲滅に力を入れている。それほど危険な代物なんだあれは――』




『あの何百という魔導士と魔物の命でできた結晶石|魔の心臓《ディアボリックハート》は』



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