第4話 魔神の侵食

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


「……っ!!?今の悲鳴は!?」


前方から響き渡る悲鳴がリューグの鼓膜を震わせる。


「……………」


瞬間、思考する。


悲鳴が聞こえてきた場所まで行ってみるか?

そんな考えがリューグの頭の中を駆け巡る。


ゴクリと緊張と共に生唾を嚥下する。

緊張で足に根が生えたかのように体の自由が奪われる。


だが、そんな自分を奮い立たせるかのように両手でバシバシと太腿を全力で叩き、強張った体に喝を入れる。


「………取り敢えず…様子を見に行くだけ行ってみるか…」


多少ぎこちない動きだが、ゆっくりと悲鳴が聞こえた方角へと足を進める。




草木をかき分けながらおよそ100メートル足を進めると、茂みの隙間から悲鳴の聞こえた場所が視界を捉えた。


「…あれは…馬車……いや、馬車だけじゃない…馬と鎧を着た人が2人程倒れている…」


リューグの視界に飛び込んできたのは、大破とまではいかないが、所々傷ついた馬車と鎧の隙間から血を流して倒れている2人の騎士、その側に馬が2頭倒れていた。


しかしそれだけではなかった。


傷を負いながらも、銀色に光る剣を支えにようやく地面に立っている騎士が2人とそれに相対する傭兵風の人物5人が馬車と騎士2人を取り囲む様に睨み合っている。



この状況をどうするか?


そう考えている瞬間、膠着状態だった状況に動きがあった。


騎士2人に相対していた傭兵風の2人が騎士との距離を一気に詰める。

その隙に騎士が背を向けて守っている馬車の反対側へと残り3人の傭兵風の人物が回り込み、がら空きになった馬車へと強襲する。



「おらぁぁぁっ!!!さっさと出てこいや!!!じゃないと馬車もろとも火の海に沈めるぜ!!!」


3人の内の1人が馬車の中ににいるであろう人物に向けて威嚇するように吠える。


右手には赤色の魔法陣が展開される。




『やばい!!!早く何とかしないと馬車の中にいる人物が殺される!!』


リューグは焦りと共に奥歯を噛み締める。

それと同時にリューグの体にある異変が起こる。



左半身に巣食う魔神の魂がリューグの怒りに呼応するように左半身へとゆっくりと侵食していく。

完全ではない為かまだリューグ自身の意識は手放してはいないのが救いだが、リューグの中に巣食う魔神の魂が甘く囁く。



『殺せ』




『目の前にいる全てを殺せ』




リューグの意思を無視するかの様に体が勝手に動き出す。


左眼は禍々しく赤黒い光を放ち、普段は透き通る様な蒼色をしている右眼は透き通るような蒼色と赤黒い禍々しい光が攻めぎあっていた。



「……………」


茂みからゆっくりと姿を現したリューグは、無言のまま傭兵風の人物に姿を晒す。


「あぁん?何だこの小汚い格好のガキは?のこのこ姿を晒して死にてぇのか?」


「……………」


「何だぁ?びびって声すら出せねぇのか?」


「……………」


リューグは禍々しい光を放つ両眼を相対する傭兵風の人物を捉えただ沈黙を続ける。

ただ、8歳のリューグの容姿からは想像がつかない程の禍々しいオーラに1人の傭兵風の人物が感づく。


「……なぁ…このガキ、何かヤバくないか?」


「あぁん?何言ってやがんだてめぇ?こんなガキにびびってんのか?」


「いや、そうじゃなくてよ、見てみろよあの眼。何であんな光を放ってるんだ?普通じゃ考えられないだろ?」


「んなこと知るかよ。眼が光って何だってんだ?何の役にも立たねぇだろ。ちっ!てめぇは邪魔だ。引っ込んでろ!!」


戦意喪失した傭兵風の人物にリーダーと思われる1人が邪魔だと言葉を吐き捨てる。


「おいクソガキ。てめぇはここで死にな。あの世で自分の間抜けさを呪うんだな!!」


剣を構えて、1人の傭兵風の人物が獲物を狙う肉食獣だけが持つ特有の冷たい光を宿しながら斬り掛かってきた。



次の瞬間!突如、火花が弾けた。

その火花は網膜を刺激する。


リューグは斬りつけてきた剣を無言のまま左に帯刀した刀で横薙ぎに斬りつけた。


「ちっ!何だこのガキは!?」


「……………」


邪悪な眼が炯々と輝く。

傭兵風の人物が斬りかかった瞬間、リューグは刀を抜いたのだ。


その直後、切り結び一閃に襲われた傭兵風の人物はその衝撃で1メートルほど後退り、剣を持つ手が痺れていた。


疾風迅雷の如く疾い抜刀。

運が悪ければ傭兵風の人物の首は地面に転がっていただろう。


「ちっ!このガキが!!俺らの邪魔をするつもりか!?大人しくしてりゃぁ、命だけは助けてやったのによ!!」


「……………」


「そうかよ。ダンマリ決め込むってぇ事か。なら、あの世でそう言い訳してきなぁぁ!!」


獲物に飛びかかる肉食獣のように傭兵風の人物はリューグに迫ってくる。


そして、振り抜いた剣が冷徹な光を帯びて切り裂いた。


「……………」


「ちぃぃ!」


二筋の切り結ぶ閃光が激しく激突して、甲高い金属器が鼓膜を刺激する。


傭兵風の人物はリューグの剣圧の勢いで、再び1メートル後ずさった。

その勢いで膝が折れるのを何とか堪えていた。


一方、リューグは無言のまま微動だにしていない。

その体からは死と絶望の臭いが発散されている。


8歳という幼き姿に隙は無く、腰の据わった構えで傭兵風の人物を睨みつけていた。


双眸は禍々しく光り輝き、太陽の光に反射する刀は死を連想させる刃のよう。




何だ、このガキは!!?

幼い容姿をしているが、その強さは異常だ。

今まで戦ってきた奴らとは別次元の強さ。

しかし、相対する幼い容姿をしたガキは恐らくまだ強さの底を見せてはいないだろう。


「くそがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「……………」


斬撃の間合いに踏み込むと、リューグと傭兵風の人物は同時に斬り込んだ。


互いの刃が閃光を放ちながら跳ね、火花が生まれては消える。


「ちっ!!!」


「…………」


「っ!?しまっ!!?」


身の危険を察知し、反射的に身を捩る。

リューグの放った一閃が、傭兵風の人物の脇腹をギリギリの所で通過する。


「……………」


「ちっ!!いつまで無言のまま余裕ぶってやがる!!」


変幻自在の剣筋を繰り出すリューグに、一筋の汗が頬を伝う。


その一閃が致命傷を与えるのには充分な箇所。

一撃必殺の一閃。

余計にタチが悪い。

目の前の幼い容姿のガキは俺という獲物を捉えている。


これは、勝ち目は…


油断の1つでもしてくれれば勝ち目が出てくれるだろうが、このガキはその淡い願いは叶えてはくれないだろう。


必殺の間合い入った瞬間、電光石火のような一閃を放ってくるに違いない。



「……………」


瞬間、姿勢を低くしたリューグは、全身をバネにして疾風迅雷の如く、斬りかかってきた。


「くそっ!!」


目の前に真紅の刃が弧を描いて飛んでくる。

それは僅かに視認出来るほどの小さい閃光。

傭兵風の人物は、慌てて剣を構え斬りかかる。


だがその真紅の刃は傭兵風の人物の予想を超えた軌跡を描き、刀を下から上へと振り抜いた。


「なっ!!?」


傭兵風の人物の剣が空を舞う。

その銀色の剣は太陽の光に反射して光を放つ。


一瞬の出来事だった。

手にしていた剣がリューグの振り抜いた刀によって手元から離れたのだ。


まずい!!!

そう判断した傭兵風の人物は、一歩、また一歩と後退りする。


「……………」


リューグは無言のまま真紅の刀を構え直している。


このままでは流石に殺される。

その判断は1秒にも満たない速さ。

すぐさま傭兵風の人物は残りの仲間に向かって叫ぶ。


「ちっ!!てめぇら、引くぞ!!!」


腰にぶら下げている袋から白色の小さな煙幕玉を取り出し、地面へと投げつける。


瞬間、地面に叩きつけられた煙幕玉は白い煙幕を発生させる。

その煙は辺り一面み包み込み、視界を閉ざす。


その一瞬の隙に傭兵風の人物達は一斉にその場から退散し、リューグの視界から姿を消した。



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