朧月夜に星

朝日屋祐

第1話 春の雪

 草や樹の匂いがする。千歳は河原に身体を横たえた。幼馴染の疾風はやて千歳ちとせの隣に寝そべる。千歳は龍の形をした雲を眺めていた。この世の総てはお釈迦様の掌の上。


 疾風は金目銀目の少年。喘息を持っていた。


「空気が冷たい。もう秋だよ」


「千歳ちゃんは鬼なんて信じる?」

「うーん。いるとは思うけれど。どうして?」

「不思議な存在だね。妖魔なんて」


「千歳ちゃん。僕、引っ越すんだ」


「そうなんだね。引越し先でも元気でやってね」

「千歳ちゃん、ぼ、僕と「疾風! 家で話があるわ。早く来なさい」


「僕のこと忘れないでね」


 千歳はムクッと起き上がる。六年前のことを夢で見るなんて、と自嘲した。朝庭から小鳥のさえずりが聞こえる。襖の隙間から太陽の光が差した。綺麗な朝焼けの光を見た。もうあれ以来疾風くんとは会ってない、と、千歳は思った。千歳は深雪の墓参りに行く。鏡台に向かい、化粧した。千歳は目に赤を使う。櫛で豊かな栗髪をとかす。新調した桜色の着物を着て玄関を後にした。笠を被り、背の高いガッシリとした体型の男が壁にもたれかかっていた。こちらを見ていた。笠から覗く、均整の取れた顔立ち。キセルを吹かし、口からふうっと煙が舞う。春の雪が降る。肩に桜の花びらが薄く溶けた。


 千歳は大人がたじろぐほどの綺麗な顔をしていた。大きな潤んだ目。雪のように染みひとつない肌。端正な顔立ちをしていた。前髪を作り、髪を垂らしていた。電車に乗り、揺られた。母の形見の手鏡を見た。目的地に着き、電車を降りた。墓石が並ぶ街だ。坂田深雪と墓碑がある。千歳は母に手を合わせた。帰り道に甘味処を見つけ、桜餅を食べていた。するとズシンと地響きがした。千歳が振り返るとふっくらした背の高い男が現れた。その男は誰かを見惚れている。


「綺麗な人だ。俺の嫁にしたい」

「そ、そんなこと言われても」

「俺じゃ駄目?」


 千歳は思った。この人はしつこい人だ。千歳は眉を顰めた。この人からは泥のような匂いがした。すると、強力な鬼の匂いと優しい匂いを感じた。


「やめなさい。相手は嫌がってるだろう」

「あ? 誰だ?」


 ツンツンと背中まで無造作に伸ばした黒髪を首の辺りで一つに束ねる。透き通るような白い肌。透明感のある青年。とても端正な顔立ちをしている。こちらを見ると切れ長の青い眼の奥に千歳の姿が映る。そして千歳を目で射抜いていた。千歳は一瞬にして青年のことを綺麗な人だと思った。なんだが、千歳は胸が詰まる、この思いはなんと言えよう。だが、この人からは鬼の匂いがする。千歳はもしかして、と思った。


 青年は長身痩躯。亀甲柄の羽織が目立つ。千歳はこの人はとてもきれいな顔をしている、と同時に明らかに常人でない雰囲気を醸し出している、と思った。片腕に包帯を巻いてる。


「無事か?」

「あっ、ありがとうございます!」


「気をつけなさい」


「あなたの名前は何ですか?」

「……なんだ? 俺は名を名乗るほどでもない」

「これを肌見離さず持っていなさい」


 千歳は青年からお守りを頂き。そして名刺も頂いた。


 東雲屋しののめや 黒川くろかわあおい


 青年は人混みに紛れ、どこかへ去っていった。

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朧月夜に星 朝日屋祐 @momohana_seiheki

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