第9話 あばら家4

 夜になり、狐杜が寝床の支度をしていると青年から声がかかった。

「狐杜殿、与平殿はまだ戻られぬのか」

「へ?」

「夕刻に出かけてから戻らぬようだが、もう日も暮れている。放っておいて良いのか」

 どうやら与平と狐杜は一緒に暮らす兄妹だと思われていたようだ。

「与平はお隣さんなんです。おっ母さんのお袖さんと一緒に住んでます。あたしはここに一人です」

「ここに一人で?」

 青年が驚いたように体を起こそうとして、激痛に顔を歪める。

「月守さま、起きちゃダメです」

 狐杜は彼に布団をかけてやると、行燈あんどんの灯りを消して自分も隣に敷いた布団に潜り込んだ。

「あたしの両親は二人一緒に流行り病で死んじゃったの。与平のお父つぁんもその時に」

「与平殿の母上殿はどうされているのだ」

「お袖さんは脚が悪くて。少しくらいならいいけどあまりたくさん歩けないから、いつもは着物の仕立ての仕事をしてるんです。あたしはお袖さんから仕立てを教わって、今はその仕事をしてるんだけど、町にお市さんって人がいて、あたしにちょうどいいくらいの仕事を探してくれるんです。甘えてばっかりだから、そろそろ仲介料を払わなきゃ」

 月守がボソリと「仕事か」と言った。彼は自分の仕事が思い出せないのだろう。

「与平は魚やしじみを獲って、町へ売りに行ってるんです」

「与平殿は今いくつだ」

「十四です。あたしは十六」

「十六?」

 驚いたようなその声に、狐杜は少々口を尖らせた。

「そんなに驚かなくたっていいでしょ」

「これは……失礼いたした」

「どうせ寸詰まりですから。四尺七寸しかないですから」

「与平殿の方が年下なのだな」

「そうなの。でも最近の与平は急に大人びちゃって」

 言ってから、狐杜はクスッと笑った。

「あたしいつも与平にいろいろ相談してたけど、よく考えたら与平のことを相談する相手っていなかったんだ。今、月守さまとお話してて気づいた」

 そういってまたクスクスと笑う。

「あたし捨て子だったんです。赤ちゃんの時だから覚えてないけど」

 月守は身じろぎひとつせずに黙って聞いている。

「すぐそこにお稲荷さんがあってね、あそこは親子結びのお狐様って呼ばれてるんです。理由わけあって子供を育てられない人が赤ちゃんを捨てていく場所なの。逆にね、いつまでも子宝に恵まれない夫婦はそこに捨てられている赤ちゃんを引き取って帰ることがある。だから親子結びのお狐様っていうの」

「狐杜殿はそこに?」

「そう。冬の凄く寒い日に、あたしあそこに捨てられていたの。何年かぶりに雪が降った日だったって。そんな日に誰かが赤ちゃんを置いて行くのを、死んだお父つぁんとおっ母さんがたまたま見かけて、それでこのままじゃ死んじゃうからって連れ帰って育ててくれたの。だから血は繋がってないんだ。本当の両親はどこの誰だかわかんないの」

「ああ、それで」

 納得したような声が闇に響いた。

「お狐様の杜で拾われたから狐杜なのか。なるほど合点がいった」

「え? 狐杜ってそういう意味なの?」

「そなた、文字は読めぬのか」

「寺子屋行った事ないもん」

「与平殿は?」

「もちろん与平もだよ」

 しばらく黙っていた月守が、何かを思い出したように口を開いた。

「世話になる礼だ。私の体が治るまで、狐杜殿と与平殿に読み書きを教えよう」

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