第2話 女狐ベレンガリア
さほど防音性の高くない馬車からは、他の二人のメンバーを差し置いて坊ちゃんのみにベタベタするベレンガリア様の声が聞こえてくる。今から向かう場所は初級冒険者にはやや過酷なオウエスト山。にも関わらずあのような緊張感のなさ。そんなことだから坊ちゃんは右腕を失いかけたのではないか? あれでリーダーとは……
それなのに、坊ちゃんの声から感じるのは……彼女をメンバーとしか見ていないある種の友情、それのみ。私は何をホッとしているんだ……
馬車に揺られること三時間。ついにオウエスト山へ到着した。三合目ぐらいまでは馬車で登ることもできたが、ここからは歩くしかない。当然馬車をここに放置などできないので、馬を切り離して車体のみを私の魔力庫へ収納しておく。
「へぇーさすがマリーさん。こんな馬車まで収納できるんですねぇ。」
「当然です。」
魔力庫とはいわゆるアイテムボックス。大きさや性能に差はあれど奴隷から王族まで誰でも使える便利な収納能力だ。
「馬は私が引いていきます。」
マーティン家の馬、シルビィは旦那様の大事な財産。このような山中に放置などできるはずがない。
「いや待った。それは僕がやるよ。マリーにはゴーレムを仕留めてもらわないといけないからさ。」
「ではお任せいたします。」
昔は気性の荒かったシルビィも今のオディロン坊ちゃんには素直に従っている。シルビィのことが怖くて泣いたこともあったのに。
「オディロンが引くの? なら私乗りたいわ! まるでお姫様と騎士みたいだもの!」
「いいけど勾配がきつくなったら降りてよ。一番体力があるのはベレンちゃんなんだから。」
「はいはい。たまにはリーダーに楽させてくれたっていいでしょ。」
そう言ってベレンガリアはまた私を見る。一体何を考えているのだろうか。
道中、特に危険はなかった。ゴブリンやコボルトなど雑魚魔物しか出てこなかったのだ。それをベレンガリアは馬から降りもせず指示を出すだけ。坊ちゃんにばかり戦わせ、他の男に解体をさせ、もう一人の男には収納させていた。役割分担と言えば聞こえはいいが……
「ベレンちゃん、そろそろ降りてよ。」
「そうね。ついでだからお昼にするわよ。今日はいいものを持って来たわよ?」
そう言ってベレンガリアが取り出したのは弁当だった。それなら私も用意を……
「マリーさんもぜひ食べてくださいね!」
「ありがとうございます。」
坊ちゃんが、こんな女の料理を、食べる……
こんな女の料理……おいしい……
素材に合った包丁の入れ方、肉の焼き加減、調味料のバランス。さすがに私ほどではないが、坊ちゃんに食べさせるのに問題ないレベル……腐っても元上級貴族か……
「どうですかぁ? マリーさんの舌に合いますかぁ?」
「おいしくいただいております。」
「マリーの料理が食べたかったな。帰ったら楽しみにしておくね。」
坊ちゃん……
「なによオディロン! 私の料理に文句あるの!?」
「いやいやないない。美味しいよ。でもマリーの料理はもっ、危ない!」
坊ちゃんに押し倒される私。坊ちゃんの険しい顔が目の前に見える……これは都会の女性が憧れると言う『床ドン』坊ちゃんの優しい香りが僅かに漂っている。
「マリーさんにしては油断しすぎなんじゃないですかぁ? 危なかったですねぇ。」
「助かりました。」
坊ちゃんが押し倒してくださらなければ私の頭にコボルトの投石が当たっていた。私としたことが、一体何に気を取られているのだ……
「マリーが無事でよかったよ。さあ休憩も終わりだね。行こうか。」
石を投げたコボルトは、ベレンガリアによってあっさりと狩られていた。さすがに口だけのリーダーではないようだ。
そして山を登ること一時間。そろそろだろうか。
「マリーさん、何かゴーレムを誘き寄せる方法ってないかしら?」
「ゴーレムに限らず魔物は魔力を好みます。つまり大きい魔法を連発すれば魔物がウヨウヨ寄って来るでしょう。」
もっとも、そんなことをすれば……
「残念だわ。不採用ね。そんな余計な魔力はないし、ゴーレム以上の大物が出たら危ないものね。」
「賢明です。」
さすがに無能ではないのか。
「じゃあゴーレムの好きそうな魔法ならどうかな?」
さすが坊ちゃん。いち早くそこにお気付きになるとは。
「正解です。ゴーレムが好む魔法は土や金属系です。ただ金属系を使ってしまいますと私も魔力が切れてしまいます。よって土系をお勧めします。」
「さっすがオディロン! 冴えてるぅ!」
ベレンガリアはまた坊ちゃんに抱き着いた……
「じゃあベレンちゃんの出番だね。頼んだよ。」
「もぉー、仕方ないわねぇ。オディロンが言うならやってあげるわよ。」
『土壁』
土で壁を作るのだけの魔法だ。丈夫さは込めた魔力次第。ほぉ、ゴブリンでは何十匹と集まっても破壊できない程度には丈夫そうだ。
高さ一メイル(メートル)、幅十メイルの防壁ができた。動きの鈍いゴーレムを相手にするには最適、やはりこの女は無能ではないようだ。
「どうオディロン? 鮮やかなもんでしょ?」
「いつも通りじゃない? ベレンちゃんは魔力高いんだから。」
「ふふん、そうよね。もっと言って。」
得意げな表情でこちらを見るが、その程度で私に張り合うつもりなのだろうか?
ともあれ、これでしばらく待てばゴーレムが現れやすくなった。あまり強くなければいいのだが……
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