第5話 作戦開始

【天井君を助けよう!大作戦 当日12:30】




『マジ、ほんっとゴメンッ!!』


 柾のスマホから、ガラガラになった声が飛び出す。


「昨日の夜電話した時は、全然大丈夫だったじゃんかよ」


『いや俺もさ、朝起きてビックリ仰天よ』


「今のあなたの口調はいつも通り元気なんですけどねぇ。」


『ひでぇな!ただの空元気だってばぁ。…いや俺だってね、本当は行きたかったよ!?それなのに、なんだって風邪なんて……ぅぶぇっくしゅッ!!…んぁ』


 やれやれ、朝から感情の起伏が激しい奴だ。

 なんでも、当日の今日に、数年ぶりの風邪をひいたらしい。

 とことん運の悪いやつだ。一番今日を楽しみにしてたのは圭だったのに。


「まあ仕方ないか。今日はゆっくり休んで、早く元気になれよ」


『マジですいません。……なぁ天井。鹿嶋とのデート、俺の分も楽しんでこいよ…』


「いや、は⁉︎待て、おまっ…」

 

 言い切る前にプツンと通話は切れた。


「なんなんだよ本当…」


 さてどうしたものか。自慢ではないが、柾は生まれてからの16年間、母さん以外の女性と二人っきりで長時間話したことなど一切無かった。ましてクラスの子なんてたった5分だけでも続けば奇跡だ。


「もうちょい早く伝えてくれたら、俺ももう少し心の準備できたのに…てかまずデートじゃねえよ。」


 そんなことをつぶやいていると、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた。

 反射的にそちらの方を振り向くと、カメラ片手にこちらへと1人の少女が向かってきていた。

 整った容姿。着ている白いワンピースに劣らないほどの綺麗な肌。彼女が歩くその姿には、行き交う誰もが目を奪われるほど特別な魅力があった。


「こんにちは、天井君。今日はよろしくお願いします!!」


 そう言いながら鹿嶋は深々とお辞儀した。


「お、おう、よろしくな」


「そういえば、伊織君、残念でしたね…」


 あっけにとられ呆然とする柾にはまるで気付かないまま、普通に話を始める鹿嶋。

 学校での評判から少しは覚悟していたのだが、私服の鹿嶋がこれほどのレベルだったとは…やはり美人は恐ろしい。



「なんか今日の天井君いつもとちょっと違いますね…」


 …え、キョドってるのバレてる?


「まあそうですよね。大好きな伊織君が病気で寝込んでるのに、元気出ないですよね…」


「いや待て?一部訂正しろその発言」


 ホッ、とバレていない事に安堵しつつ、鹿嶋の自覚のなさに少し呆れる。

 今だって、一体どれほどの人から視線を集めているのか。


「まあとりあえず、伊織君の分も頑張りましょう‼︎」


「ああ、そうだな。まずはそこの商店街からか」


「はい!これは伊織君の要望で、ここなら沢山の人がいるから下手くそでも撮れるだろ。とのことですね」


「相変わらずの酷い言い草だな。まあ確かに幸せそうな婆ちゃん爺ちゃんいっぱいいるしな」


 うんうん、と鹿嶋は頷く。


「まずは行ってみましょう。実際に見る方が構成考えやすいですし‼︎」


 それから歩き出して数分後、柾達は商店街に着いた。

 近くに出来た大型ショッピングモールに客が吸い取られたせいで、お世辞にも賑わってるとは言えない状態である。

 だがその静かな空間は、確実に柾や鹿嶋が普段から求めている雰囲気そのものだった。

 

 今日なら撮れるかもしれない。

 

 そう思い、柾はカメラを構える。


 楽しそうに世間話をしている多くの人達や、人混みに悩まされることなく伸び伸びと生きる猫や鳥などの動物達。


 ここには、部活の活動範囲内では見つけることのできない、形の違う幸せが沢山詰まっていた。


 頭には次々と構成が浮かんでくる。

 

 考えるのが楽しい。想像を膨らませるのが楽しい。


 これだ。今なら…!


 急いで、思い浮かんだ構成の1つをカメラの画角に収める。続けてピントを調節し、明るさもいじってみる。

 そして遂に思い描いた絵と実際に写している風景が重なった。

 

 残るはシャッターボタンを押すだけ。

 

 できる…‼︎


 そう感じた刹那、気付けば俺は1枚の写真を撮っていた。



「あれ⁇早速撮ったんですね!見せてくださいそれ‼︎」


 あまりの勢いの良さに圧倒され、柾はすぐに持っていたカメラを手渡した。


 鹿嶋は受け取ると、柾が撮った写真をじっと見る。


「うん、天井君はやっぱり良い写真を撮りますね‼︎…でもこれだと、ちょっと今日の目的からは逸れてる気がします」


 どうぞ、と言うようにして返されたカメラに映る写真を、柾もすぐに確認してみる。


 実際、自分でも頷けるほど良い写真だと感じた。

 しかし、それは決して生き物を撮った写真とは言えなかった。

 静かで落ち着いた商店街の景色に焦点が当てられ、被写体の猫は隅の方に追いやられて風景に溶け込んでしまっている。

 


 今の俺には、撮ろうとした時に考えていた理想の絵とは遠くかけ離れた駄作にしか見えなかった。



(―結局俺は、また撮れなかったんだな…)


 そう落ち込んでいると、すかさず鹿嶋が必死にフォローを入れてくれた。


「そんな残念そうな顔しないでください‼︎まだいく場所は2つも残ってますから、心配ご無用です‼︎」


 私に任せてください!と、笑顔で柾を励ます。


 …何をやってるんだ俺は。1回失敗しただけだ。これだと協力してくれている鹿嶋に失礼じゃないか。心の中でそう自分に叱りつけると、柾は顔をできる限り明るくする。


「そ、そうだな‼︎次行ってみるか」


「次撮るときは是非言ってください、少しはお力になれると思うので…‼︎」


「おうよ。……その、気遣ってくれてありがとな」


 照れくさいながらも柾はそう感謝を伝える。


「こんなのお安い御用ですよっ。じゃあ早速次行っちゃいましょうか」


 そう言いながら優しく微笑む彼女は、とても眩しかった。






 そうして2人は、次の目的地に向かい、ゆっくりと歩き始めた。

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