思い出の園

@utaya_8710

第1話 胡散臭すぎる運命

「----えぇ〜、また天井あまいもAクラスかよ!?」


「何だよ伊織。また一緒なの実は嬉しいんだろ?」


「はいはい勝手に言ってな‼︎ていうかそんな話しにきたんじゃ無いんだよなぁ〜…?」


「そんな話の内容を先に口にしたのはどっちだ」


「そんなのもう忘れた」



 ホームルームが始まって皆が席につき始めるや否やそんなたわいもない会話を交わし始めた。


 伊織圭。高校入学の日、まだ見慣れない人達が大勢いる教室の中で漂うあの独特な空気に押しつぶされていた俺、天井柾まさきに、後ろから筆記用具を忘れたから貸してくれと声をかけてきた男だ。


 どうやら入学初日に持ってくるリュックを間違えて何もかも忘れてきたらしく、その性格は今も変わらず抜けたところしかない正真正銘アホだ。


 多分こいつを知っている人に聞いたら十中八九どころでは収まらないくらいの数がアホだと答えるだろう。



「そんなことよりさ、今日ってお前が日直だよな…?」


「まあ1席だしそうだろうな。だがな、日直だからってお前の私的な問題に付き合ったりは一切しないからな?大体去年だって何回同じことに…」


「そうじゃ無くってさ。お前、日誌持ってきた時名簿見たか?」


「いや見てないな。で、名簿が何だ?」


「何人書いてある?そこに」

 

 名簿の1番下まで目を向けると、そこには39席までしか書かれていなかった。


 去年柾の学年はA~Dまでの4クラスがあり、A~Cは40人Dは39人の計119人で構成されていた。


「気づいたか?うちAクラスだよな、何で39人しかいねぇんだ?」


 確かに去年のまま行けばその通りではある。感覚的にキリが悪くなるしAとDの人数が入れ替わったという可能性も低いだろうとも思った。


 圭の目はキラキラ輝いているように見える。あ、これ絶対ベタな展開期待してるやつだ。


「いい加減その2次元の世界に侵されすぎた思考回路どうにかしろよ。」


「---は〜いみなさん、静かに。ほいじゃさっそくですけど、本年度も引き続きAクラス担任になりました、一ノ瀬です。数人顔見知りもいるな。まあ、とりあえず元気に仲良く楽しくいこう。以上。…あぁそれから今日は新学年祝いに嬉しい報告がありまーす。入っといで‼︎」


 そう先生が言った瞬間に、廊下側から扉が開く音がする。


「……えっと、今日から皆さんと共にこの学校で学ぶことになりました、鹿嶋時雨しぐれと言います。まだ全然分からないことだらけなので優しく見守っていただけると助かります。」


 あまりの出来すぎた展開に内心動揺していた柾を見透かしたかのように、後ろから勝ち誇った調子の声が上がった。


「―ほら見ろ。珍しく俺の勝ちじゃん」


 振り返ると口角を限界まで上げた幸せそうな顔があった。何だよその顔。



 数えたところ鹿嶋の出席番号は7席だったが名簿には既に別の人の名が書かれていた。


 先生に質問すると、ああそれ?だってサプライズって気づいちゃったら面白く無いだろ?とあっさり返された。何だその理由。


 柾も去年から薄々感じてはいたが、圭と言い一ノ瀬先生と言い、この人達に真面目に話を取り合うのは無理な気がしてきた。



「よし、7席以降のやつ、鹿嶋の席作るから一つずれろ。鹿嶋はそこの空いた席へ」


 そう言って先生は柾の隣の席を指差す。


「おい柾、お前隣だから色々面倒見てやれ」


 真面目に話を取り合う気はないと言わんばかりの顔で微笑まれたので、しぶしぶ頷くしかなかった。



 鹿嶋は言われた通りの席に大人しく着いた。


 さらさらで艶のある呂色のロングヘアと、それとは対照的なぬけるような透明感のある肌と澄んだ海のような瞳。人形のように凛としたその姿に柾は思わず息を呑む。



「あのっ‼︎えっと、その…」


 しばらくすると鹿嶋は急に柾に何か言いたげな様子を見せた。


 振り向きざまに、瞬間流れる髪が揺らす空気に乳児のようなバニラの優しい匂いが広がる。


 動揺を隠しつつど何の用か聞き返してみると、鹿嶋は少し間を開けて再び口を開いた。


「名前、天井柾くん、で間違い無いですか?」


「もう覚えてくれたのか。ありがと、合ってるよ。これからよろしくね、鹿嶋さん」


「………はい、よろしくお願いします」


 ただでさえ人と話すのに慣れていない柾からすれば、転校してきたばかりでそれも結構可愛い異性となっては尚更である。

 声が裏返るほどの緊張のせいで若干素っ気ない返答になってしまった。


 その日は全校集会と明日の予定確認、クラスでの役員決めと自己紹介をし、放課になった。

 



 ホームルーム以降は言葉を交わすことはなかったが、転校生である上に整った容姿も備わっている鹿嶋は放課後もずっと大勢に囲まれて盛り上がっていた。



「天井さんよぉ。朝のあの返しは一体なんだったのかね?」


「茶化すなよ。クラスメートですら配布物ある時とか役員の仕事の時以外で話すことめったにないのに。それがましてや転校生だぞ?そこにあるのは壁なんてレベルじゃない、山だよ山、エベレスト。」


「胸張って言うなよ、第一、輪の中に俺もいたんだから入ってこればよかったのに」


「困るだろ急に知らんやつ入ってきたら」


「相変わらずの腐りっぷりだなぁ」


 部室に向かう間、圭はずっとこんな話ばかりしていた。


 柾と圭は写真部に所属しており、部室は第2グラウンド脇の旧部室棟の二階にある。

 元々、部の継続に必要だった人数をこの2人でぎりぎり満たすレベルの小ささだったからか、自然と校舎から遠く離れた場所に追いやられていた。

 そのせいでかれこれもう10分くらいずっと同じ話ばかり聞かされている。


「ところで、柾君やい。賭けをしないかい」


「何だよいきなり、あと君付けやめろ気持ち悪い。」


「そんなこと言うなよ〜。んで、内容だけどさ。今年の新入部員、何人だと思う?」


「0」


「同じく」


「アホか、賭けにならんだろそれ」


「だって仕方ねえじゃん、この部、小さすぎて呼び込みないし勧誘ポスター貼れるところ少ねえし。てか第一、去年の俺らだって、暇潰しついでに旧部室棟まで来ていなかったらこの部の存在自体知らなかっただろが」


 そんなことを言われてしまっては、柾に返せる言葉など無かった。


「まあいいや、先に言ったのお前だし譲ってやるよ。じゃあ俺1人に変更で」


「負けたら次遊ぶ時の飯代奢りな」


 柾がそう言うと、圭は嫌そうな顔をしながら頷く。





 それから1週間後の部活登録の日、写真部の部室には1人の生徒が訪れていた。





「―2年A組の鹿嶋時雨です。入部届の提出に来ました、よろしくお願いします」





「―今日は俺の2連勝だな、柾君」


 作り物のような展開に2度も振り回され続けた柾は、ただ苦笑いするしかなかった。

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