第96話 トイレ
『一歩前へ』
今日もまた何かに挑み、人知れず敗北を味わう南山之寿。明日に繋がる一歩にしてこそ、活きてくる敗北。
一年程前。DIYに一瞬ハマリ、棚を造ろうと思い立つ南山之寿。ノコギリを駆使し、採寸通りに切断。指を切った訳では無く、制作中に破壊した訳でも無い。造るということが目的。用途については、微塵も考えていない南山之寿。
『いらなくない?』
この一言で、危うく薪として再利用されそうになる始末。何とかシューズクロークの下にある隙間を見つけ、姫の砂場セット置き場に帰着。次こそは、用途を考えようと誓う南山之寿。DIYを再び行うのは、一年後。
『一歩前へ』
居酒屋のトイレで見かける提言。その横には、相田みつを氏のありがたい格言。トイレで読むのは失礼だとは思いつつも、目を向けてしまう時間。南山之寿の格言に書き替えるのは、無粋というより犯罪。
『いらなくない?』
居酒屋の記憶を辿ると、鮮明に思い出す妻の一言。結婚前の話。チェイサーとして烏龍茶を頼もうとする南山之寿。意味が分からないと指摘される始末。
本日の対戦場所はトイレ。居酒屋のトイレは、争奪戦。一つしかない店だと、行けども行けども使用中。そんな錯覚に襲われる場所。泥酔した客が寝ているというサプライズも経験。
行きつけのらーめん屋。トイレの鍵が壊れ気味。鍵をかけずに使用するのが、暗黙のルール。うっかり忘れ、鍵をかける南山之寿。開かない扉。完成するパニックルーム。それよりも、頼んだらーめんが出来上る前に戻れるかという恐怖。壊す覚悟で、ドアノブを回したり揺らしたりする数分間。無事に脱出し、らーめんを食した南山之寿。リアル脱出ゲーム的な達成感。
とある商業施設のトイレ。個室を使用中の南山之寿。いきなり開けられようとする扉。開かないのに、何度も試される恐怖。聞こえてくる、囁く様な小声。
『空いてないなぁ……。我慢できないなぁ……』
子供の声。切羽詰まった囁き。個室から出る南山之寿。別に小さな子供を救おうと、立ち上がった訳では無い。終わった用事。子供にノックを教えるのは親の務め。親の顔が見てみたいと思った南山之寿。
『あ、お父さん! 漏れそう!!』
扉の向こう側で、慌てふためく若との遭遇。急いで個室に誘導。
手洗いをしながら鏡を見る。鏡に映る南山之寿。
親の顔は、無事に見ることができた。
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