第44話 メモリー

『歌物語の歌忘れ』


 一番大事なことが抜けている。そんな例え。忘れっぽい南山之寿も、この言葉で装飾すれば輝くかも知れない。懸命なる皆様のこと。此方の方がしっくりくると思われるかも知れない。


『喉元過ぎれば熱さを忘れる』


 南山之寿は、忘れっぽい。南山之寿は、懲りない。そう考えると、後述の諺の方がよく似合う。退かぬ、媚びぬ、省みぬが南山の流儀……ではない。


 今日の対戦内容は、メモリー対決。南山之寿の記憶領域は、1ビット。同時に複数のことなんか、処理しきれない。


 昨日の夕飯は、辛うじて思い出せる南山之寿。一週間前になると、思い出せない。たまに思い出したくもない時もある。


 思い出せないなら思い出さなくて済むように、同じ物を食べ続けるという選択肢。これだけは、回避している南山之寿。作り過ぎたカレーが、一週間続くというのはご愛嬌。

  

 激辛カレーに、激辛焼そば、激辛ラーメン、激辛チキン。あれだけ泣かされたのに、また駆け寄ってしまう南山之寿。身体中の臓器を自ら痛めつけに行き、喜ぶというのだから、摩訶不思議。目の前で鎮座する、赤い箱の焼そば。また、買っていた南山之寿。


 キッチンで忙しなく動く南山之寿。珍しく、フル稼働。コンロに、レンジ。普段なら使わないグリル。ツマミを大量に作り、昼から呑む休日。ダメな南山之寿がいてもたまにはいいじゃないかという、甘い誘惑。


 テレビから流れてくる音楽。聞いたことのある曲。南山之寿のCPUでは、処理しきれない。喉に何かが引っかかる感じを抱きながらも、呑み進める南山之寿。気がついたら翌日の朝、というほど呑まなかったのであしからず。


 気持ち良く酔い、眠りに着く南山之寿。翌日も休日。ゆっくり起床した南山之寿。朝食を作る為、キッチンにピットイン。


 グリルでパンを焼く南山之寿。トースターは故障中。買い替えしようと思うも、いつも忘れる南山之寿。焼けてしまうから、忘れるのかもしれない。


 グリルを引出し、慄く南山之寿。現れたのは、昨日のツマミ。焦げグラタン。食べられるのか食べられないのか、どっちなんだいと自問自答。


 やはり忘れっぽい、南山之寿。慣れないことをするものではない。


 焦げたグラタンを見て、起動する南山之寿のCPU。

昨日聞いた曲が、検索結果に浮上。


 松崎しげるで、『愛のメモリー』


 ――グラタンの黒さに、驚いた。


 


 

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