戦後処理(前半戦)
吉田が上げていく銃口は、伊佐与さんの頭に狙いをつけることなく天井に向けられた。同時に空いた手も上に挙げられ、それが言葉にする前にそれが降参を意味するのだと気づかせた。
「……私たちの負けよ。雅くんが負けたのなら私がどう足掻いても剛田さんには勝てないでしょうし」
漢太と雅、二人が並んで歩いていてどちらも外傷は見当たらない。それでも吉田が雅の負けを察したのは、声をかけてきたのが漢太だったから。さらにはあからさまに雅の表情が曇っていたから。
「別にそっちの戦いに手を出すつもりはないぞ? 状況からして三人がかりでも吉田には勝てなかったみたいだし、ここは引き分けってことでどうだ?」
「これが実戦ならこの後剛田さんと連戦することになるし、そうなれば負けは決まったようなもの。なら授業中の模擬戦だろうとそれに準ずるべきよ」
呪いのおかげで真面目さを捨てた漢太には吉田の真面目さに思うところがあるのか、少し苦笑いを見せた。
「まあそういうことならオレたちはその方が助かるし、ありがたく勝ちをもらっとくよ」
「ええ、でも、次はこうはいかないから」
「肝に銘じておくよ……そっちの負け組三人がな」
「へ?」
勝ち組二人の話し合いによって終わったものだと、見守るだけだと完全に油断していたとこに突然悪口込みで話を振られ、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「『へ?』じゃない。相手が格上とはいえ三人がかりで負けるのはさすがに情けないと思わないのか?」
「僕は別に……。相手が雅ならともかく吉田に恨言があるわけでもないし」
自分は勝ったとマウントを取るためにあえてバカにしているのが分かっているからあえて素っ気ない反応をする。そうじゃないとちょっと悔しいし。
「チッ!」
「私は元よりサポート要員なので戦いの勝ち負けにはこだわりはないですね。もちろん今日の失敗は反省して次に活かすつもりですが」
この中に一人、本気で悔しがっている幼女がいる。
「……なんだ、イジりがいのない奴らだな」
未だに距離感を測りきれていない漢太はその怒りに触れない方針を選んだらしい。
「勝ちにこだわりがないなら仕方ないわね。羽沢君が噂に聞いた本気を出さなかったのもそれが理由なのでしょ?」
同じく風香については触れることなく漢太に続けた吉田はその流れを切るついでにこっちに疑問を向けてきた。
「本気なんて大層なものじゃないよ」
全く身構えてなかった僕は明らかにぎこちない笑顔をしていたことだろう。
噂の内容とか真偽とか別に隠し事をしているわけではないけど、ここで話したところで聞いた側も話した側も気分が良くない内容だから誤魔化すことにしたけど……「なにを隠してるんだ」と目で訴えかけてくる女子二人には後で説明しておいた方がよさそうだ。
「……そう。ならこれ以上聞くつもりはないけど、ただでさえ評判悪いんだからせめて味方してくれる人達にくらい説明しておいた方がいいわよ」
しっかり釘まで刺されてしまった……。
「さて、次はこっちの番ね」
さっきの戦いの消化不良を晴らすように吉田が次のターゲットに目を向ける。
「自分から喧嘩を売っておいてボロ負けして帰ってきた感想をもらってもいいかしら?」
「……なんというか、色々失った喪失感が強くて悔しいとそういう感覚はあんまりないんだよな」
とてもさっきまで噛みつく勢いのあった男とは思えない大人しさが、罰ゲームでツインテールにさせられてシュンとしているようにしか見せない。
「なに、フラれでもしたのかしら?」
「フラれた、のとは違うけど、気持ちが冷めちまったのは確かだな」
「え……」
自分で揶揄っておきながら吉田は予想外だと驚きの表情を見せた。
こっちからしてみれば見た目はともかく中身がただのエロ親父な漢太に夢を壊されるのは全く予想通りの展開なんだけど。
「歩、そっちは怪我はしてないか? 歩の実力なら負けはないとは思ってたけど、三対一なんて不利な条件だったからな」
「は? なんで負けた雅が心配なんてしてるのよ。それに、私は雅のこと揶揄って……」
「ペアなんだから心配して当たり前だろ。揶揄うのだって、何回も相談に乗ってもらってきたんだから当然の権利だろ」
「…………ばか」
俯き加減に頬を紅く染める吉田のその表情と言葉に疑問符を浮かべる雅。
……目の前で急にラブコメを見せつけられるとこんなにも暴れたい気分になるんだな。
「へえ〜〜」
絶賛リア充中の漢太が僕と同じ感想を抱いたのかは分からないけど、新しいオモチャを見つけた時のキラキラした目で二人のラブコメを見つめているのに気づいてしまった。
爆発しろと思ってるから少しなら見逃すつもりだけど適当なところで止めないと今日中に無理矢理カップル誕生もありえる。
二人が付き合おうがナニしようが知ったことではないけど、本人達の問題に漢太が干渉しすぎるのはよくない、と思う。
「ねえ、歩ちゃん……ちょっと蓮陽に質問されてくれないかな?」
「……いやだ」
女の子モードでスッと距離を詰めた漢太に一瞬気を許しそうになった吉田だったが、寸でのところで踏みとどまった。
「歩? 何かあいつに聞かれたら困ることがあるのか?」
「……あるわけないでしょ。ただ私は羽沢君にセクハラな質問されたら困るから警戒しただけよ」
言いがかりもいいところ、照れ隠しの隠れ蓑にされた冤罪に他ならない。
そのことを理解できているなら微笑ましい場面で済んでくれるのだけど……どこぞの鈍感系が察せないおかげで余計なヘイトを稼いでしまった。
ほら、今もすごく怖い顔で睨んでいらっしゃる。
「あ、えっと……それよりもあなた達が勝ったのだから約束通り遺物を渡さないとよね」
雅の強い視線の先を見て謂れのない罪を着せてしまったことに気づいた吉田が若干不自然に話題を変えた。
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