数VS実力


  二手に分かれた足音が離れていく。


「……そろそろいいかしら」


 吉田がそう言った頃には、すでに逆方向へと進んだ漢太と春日井の足音は聞こえなくなっていた。


「それにしても、今の剛田君では雅に勝てるとは思えないのだけど」

「そうか? それは漢太を見くびり過ぎだと思うぞ」


 続けてむしろピンチなのは吉田さんの方じゃないかと言い掛けて止める。


 下手に刺激する必要もないし、三対一の状況でそれを理解していないはずがない。


「そう……なら、今一番ピンチなのはあなた達ってことね」


 吉田の無表情に薄らと笑み浮かび上がった直後、飛ぶように駆け出した吉田は一直線に伊佐与さんに向かっていた。


「くっ!」


 動いたと認識した時には伊佐与さんの懐に潜り込んでいて、直後にはゴム弾が腹部に打ち込まれていた。


 ペアマッチでは致死性のある氷の弾は使用されない。あくまで授業の延長として使うのはゴム弾であり、当たっても死ぬほど痛いだけだ。ただし、実践を想定するため氷の弾と同じ射程で発砲されなかったと監視役の教師に判定されれば反則となり即リタイアという扱いとなる。


 初手で伊佐与さんを狙うのは分かっていた。占いというチートがあるのだ、活用されれば不利になるのは一目瞭然で先に潰さない手はない。

 なのに、吉田の動きに反応できずに伊佐与さんへの攻撃を許してしまっていた。


 追撃を許すまいと伊佐与さんに駆け寄ると、吉田は素早く後退して銃を構える。


「大丈夫、です」


 撃たれた伊佐与さんはお腹を抱えているが、片手でスマホを振って見せることでダメージが大きくないことを伝えてくれた。言葉にしないがこの展開も占い済みらしい。


「さすがに手強いな……」

「学年二位を相手にしてますからね」


 銃を抜きながら、警戒を強めながら、しかしまだ余裕があるおかげで軽口を叩けている。


「来ないの?」


 決していいとは言えない僕の成績はもちろん、巫女の呪いは総じて喧嘩が苦手という情報は吉田が知らないとは思えない。


 吉田に向かい合い、銃を撃つためでなく打つために構える。


「俺じゃ役不足だろうけど、力試しに付き合ってもらうよ」


 言い終わったと同時に吉田に向かって飛び出した。


 速さは彼女のしたそれと比べるといくらも下回っているが、承知で吉田の腹部に潜り込む形で銃口を向ける。


 吉田にとって躱すも返すも易い突撃。


「っ!」


 だが、発砲音が二つ鳴るのとほぼ同時に吉田の左腕に弾が掠ってしまった。


 完全に虚をついたと思った攻撃をものともせず、続け様背後に蹴りを回す。


「それだけ?」


 鈍い音が響き、音の発生源であるうずくまった少女を一瞥した。


「そのつもり、だし、まだ諦めてない、から……」


 銀色の髪が無造作に広がって幼い顔を隠した少女は、苦しそうに言葉を詰まらせながらも語気を落とさずに髪の隙間から鋭い瞳で吉田を睨んだ。


 暗歩を使った奇襲。一対三でも真正面からでは勝てないだろう格上の吉田を倒すために誰が言い出すもなく決まった作戦だったが、予測するのも対処するのも、吉田にとっては簡単なことだったらしい。


「強がったところでその調子じゃ何もできないでしょ。……ああでも、裏切り者って噂は嘘だって確認が取れたわね。この程度で密偵とかできるわけないし」

「嬉しく、ない」

「石川さんを喜ばせようと思って言ってないもの」


 腹部を抑えながら、風香がフラフラと立ち上がる。


 僕が吉田の注意を引くのが下手だったのか、吉田の言う通り風香の技術が足りなかったのか、どちらにしても確かなのは風香の強がりは本当に強がりでしかないことだ。


「風香! ひとまず戻って来い!」


 勝ちの線はかなり細くなったが、風香も僕も勝ちを捨てたわけじゃない。


 当たるかどうかではなく、ただ気を引くためだけに吉田に突っ込んで一発弾を放った。


「そう、思ってたよりも冷静ではあるのね」

「ッ!」


 風香を逃すためとはいえ格上相手に無策に突っ込めばそのしっぺ返しは強烈な殴打になって返ってくる。


「蓮陽くん、意外と頑丈なんですね」


 駆け戻ってきた風香と同じタイミングで吹き飛ばされてきた僕がすぐに立ち上がったのを見て、だいぶ余裕の戻ってきた伊佐与さんが失礼な感想を漏らした。


「ありがとう蓮陽、あと、失敗してごめん」

「いや、僕の方こそ隙を作れなくてごめん」


 痛みの引かない腹部を抑えた風香と、無謀な突進の結果強打をもらった僕、そして開始直後に風香と同じ箇所を攻撃するされた伊佐与さん。


「で、そっちはもうボロボロなのにこれからどうするつもり?」


「諦めるって選択肢がない以上どうにかするしかないだろ」


 強がりを続けながら、相手の出方を窺う。

 迎え打つ準備ができたわけじゃない。何も思いつかないから少しでも時間を稼ぎたい。


「羽沢くんが本気を出せば勝てるかもしれないわよ」

「! 吉田がそれを知ってるとは思ってなかったよ。けど、それを見せてやるつもりはないかな」

「そう……ならそっちの負けってことでいいわね」


 つまらない、とでも言いたげな吉田が飛び込んできたのを、フェイント、ではなく少しでも的を大きくするために体を横に揺らしながら僕も前に乗り出した。


 当然のように瞬殺で投げ飛ばされただけだが、少しでも意味があったと信じるしかない。


「次」


「風香ちゃん、左に避けて!」


 僕に続けて風香を目掛けた吉田の投げの動作を、伊佐与さんの声に反応した風香が間一髪回避した。


 続けて反撃をと風香が狙いも疎に吉田に向けて二発連続で撃ち込むがどちらも掠る程度で大したダメージにはならない。それでも伊佐与さんに向いた吉田の足を遠ざけるにはいたった。


「やっぱり、占いは厄介ね」

「そうですか? では吉田さん、右にご注意を」

「そんなの、っ!」


 ブラフに決まっている。そう左側に陣取っていた風香に警戒を向けた吉田だったが、占いの通り右の腹部を襲った衝撃についに表情を歪めた。


「もう、せっかくの占いなんですから、信じないともったいないですよ?」


 暗歩のある風香を警戒するために集中力を使ってさえくれれば、前衛で一番戦闘力のない僕でも吉田の不意をつくことだってできる。一度きりだろうが、一度でも当てられれば状況は大きく好転するはずだ。


「いい加減にしてっ!」

「蓮陽くんしゃがんで」


 占いでは次々に状況の変わる全ての攻撃に対処することはできないが、伊佐与さんは戦闘不能に繋がる大きな攻撃だけを的確に占い指示を飛ばしてくれる。


 吉田は伊佐与さんを倒す隙を探るのに集中力を使っているため余計に僕と風香の挟み撃ちに対処しきれなくなっている。そのおかげでなんとか、本当に一時的であっても膠着状態を維持できていた。



 しかし——。



「風、あっ、蓮陽く——」


 二人がほぼ同時に致命打を受ける。一人ずつしか指示を出せない伊佐与さんのキャパを超えるそんな予知は思うよりも早くもやってきた。


 風香に続けて僕も吉田の銃撃を受けて後ろへ吹き飛ばされた。幸いなことに伊佐与さんの声を聞いて構えたおかげで戦闘不能には至らなかったが、即座に立ち上がって反撃に出るだけの余裕はない。


「今度こそ、私の勝ちね」


 確実に近づいてくる吉田が銃口を伊佐与さんの頭に向けるだけでリタイアが確定する。その瞬間はもう数秒とない所に近づきながらも、諦めからか自身の銃を抜く余裕さえなく佇んでいる。


「なんだ、まだやってたのか?」


 二手に別れた遺跡の奥から、男の声が聞こえた。


「……ええ、けどもう終わるところよ」


 その声に少し驚いた様子を見せた吉田だったが、冷静な様子を崩すことなく銃口を上に向けて上げていくのだった。

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