授業・8
「みなさん、本日の授業は道具説明の最終回です」
始業のチャイムと共に男が話を始めたが、前二回から続いた道具の説明と聞いて生徒たちのやる気はあまり高くない。
「みなさんの気持ちは分かりますが、今回は聞いておきたいと思う人も多いと思いますよ」
そう言って男はベルトにぶら下がった箱を外し教卓に置いた。
男の所有物としては珍しくメタリックシルバー単色のケースは、スマホや財布などの小物を数種類入れて持ち運ぶのに適した大きさをしている。
「これが何か、今回は全員が理解してくれているみたいですね」
続けて氷銃を取り出した男はおもむろに弾倉を弾き出して中身がないことを生徒たちに見せる。
続けて両開きになるようについた蓋の片側を開くと、逃げ出していく冷気が作る白い煙の中から氷の弾が装填された弾倉を取り出し氷銃にセットした。
「では試しに一発」
オモチャでも触っているような軽いノリで男がそう言ったかと思うと、直後生徒たちに銃口を向け、ためらう様子を見せることなく引き金を引いた。
氷を打ち出すために火薬は少量に調整されているため教室に響いた銃声は決して恐怖心を煽るような重さはない。飛び出した小さな氷の塊は五メートルに足りない男から生徒への距離に届くことなく液体となって床に散らばっている。
それでも、わずか一秒程度であったとしても人の命を奪う凶器が自分達に向けられた。もしも弾が届く距離だったとしたら、そうと理解した時には反応の余地もなかったと気づいた生徒たちは一気に血の気が引いていた。
「と言うわけで、今日紹介するのはこちら。みなさんも練習で使ったことがあるでしょう『冷凍式弾倉ケース』、略して『冷凍弾倉』と呼ばれている戦闘には欠かせない代物です」
つい今しがた生徒に弾を撃ったとは思えないテレビショッピングを真似したような軽い口調で男が冷凍弾倉に手を被せる。
「冷凍弾倉は蓋が両開きになっていて、片側には今お見せしたように弾倉を入れ、逆側には中の温度を調節し氷を作るための機械とそれを動かす小型バッテリーがセットされています。さらに、排熱のために外はわずかに温かくなっているので冷える遺跡内で手を温めるのにも使えてしまう優れものですよ」
このまま「今がお買い得!」なんて言い出しそうな調子の男と、またしても男のせいで命の危機を感じた生徒たちの温度差は冷凍弾倉に近いのだろう。
「氷という持ち運びの難しい素材を使った弾薬をその場で作ることができる、というのは私たち考古学者にとって革命的でした。ただ空の弾倉に薬莢を詰めないと弾の補充はできないので氷銃周りの道具をこれ一つで解決、とはいかないのが少し残念なところではありますがね」
冗談めかした様子で話しながら空の弾倉に薬莢を詰め、冷凍弾倉に丁寧にしまう。
生徒たちが集中していない状況で実演して見せるには重要度の高い作業だが、生徒たちは今後嫌というほど叩き込まれる作業だからと流れで済ましてしまった。
「さて、ここからが重要ですが……」
男がもう一度引き金に指をかける。
たったそれだけの行為だが、一度その恐怖を知っている生徒たちの注目がその指に、男に集中した。
「今回冷凍弾倉を取り上げたのはいくらでも練習の機会のある使用方法を教えるためではありません。これが人殺しのための道具であることを忘れないための時間にするためです」
つい先ほど死を予感させた銃口を向けられたのだ、その言葉の重みはまさに身に染みて感じている最中だろう。
「考古学者にとって命よりも大切にするべき使命は歴史を紐解き、そして守ること。そのためになら殺すことさえ是とする。しかし、使命は免罪符ではない。歴史が積み上げられ、長い時間をかけてたどり着いた犠牲を良しとしない新しい理に反することを私たちは望まない」
男は自身の心の中に刻まれた文章を読み上げるように無機質に言葉を並べていく。
「例え法が許そうと、己の罪を許してはいけない。歴史を暴くものとして、死体で積み上がった歴史の過ちをなぞることを許してはいけない。考古学者は善人でも正義でもなく、自身の犯した殺人という罪を悔いて生きなければならない」
引き金に掛かった指を外し、男は銃口を下に向けた。
「私たちはいざという時に引き金を引ける人間を選んで入学させています。矛盾していると思うでしょうが、それでもあえて言わせていただきます、人殺しに慣れてはいけないと。考古学者だろうと盗掘者だろうと関係ない、罪悪感というブレーキを失った人間に正しい判断なんてできようはずがないのですから……」
今度の言葉には男の実感が籠っていた。
まだ本当の命の危機も、殺す側の気持ちも体験するには遠い位置にいる生徒たちだが、考古学者として正しく積み重ねていった先に教壇に立つ男がいるのだと実感していた。
「……さて、今回はとびきり重たい話をしてしまったので、緩衝材代わりにもう一つ道具の紹介をしておきましょう」
真面目な話、で終わってくれればと多くの生徒が思ったが、男はそんな事も気も止めず、全て冗談だったと言われても違和感ないほど軽い口調で話し始めた。
「遺跡の調査では長ければ週単位の時間にわたって遺跡に籠ることもあります。そんな時の頼れる味方がこれ、市販もされている携帯トイレです。そう、固めて持ち運べるやつですよ」
あまりに話の落差が大きすぎて唖然とする生徒たち。男はそんなこと気にも留めない。
「小噺として、たまらないくらい臭いのが出た時は冷凍弾倉の中に突っ込んで凍らせて持ち運ぶことがある。みたいなことをいくつか紹介しようと思っているのですが……聞きたいですか?」
直後、「いらんわ!!」とついに我慢を通り越して声に出た生徒たちのツッコミによってその日の授業は終わりを迎えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます