授業・7

「先生、昨日の罠対策の実習で『加圧球』という道具を使ったんですが、本当にあんな小さな金属の球一つで全ての生罠に対処できるのですか?」


 その日の授業は、珍しく教室に入った男に一人の女子生徒から質問が飛ぶ展開から始まった。


「加圧球、ですか……。そうですね、ちょうど前回の続きで道具についての話をしているところでしたし、まずは話題に出た加圧球について話をしていきましょう」


 そう言って男は教壇に着くなり自身の加圧球、金属製で手のひらサイズの球体を取り出し教卓に置いた。完全な球体ではなく、僅かにだが表面に凹凸があるため少し揺れはあったが教卓から転がり落ちていくことはない。


 前回の魔改造を思い出した生徒たちは一斉に身構えるが、出てきたのは通常の物と変わらない金属の球に古代エジプトの文字であるヒエログリフが羅列されただけの物だった。


 ……ただし、その文字列をある箇所から順に読むと一周読み終わった瞬間を死んでしまうと噂される曰く付きの羅列であることを生徒たちは知らない。


「加圧球とは、接地部に圧力をかける金属球です。生きている罠は大半がいわゆるスイッチを起点としたカラクリ式で起動するようになっています。押せばストッパーが外れるとか、射出されるとかですね。そういう罠を安全な位置から意図的に作動させる、というのがこの道具の利用目的となります。この球体からは楕円形の小さな加圧板が出てくるようになっていて、接地面を限定させないためこれがこの球体全体にいくつも張られているわけです」


 男は説明と共に球体の一部を押仕込むと、球体の表面、接地部が盛り上がり、少しずつ圧力を掛けていく。


「今は押したその場で起動させましたが、遺跡で使う場合は時限式、つまり起動させてから加圧までの間に目的の位置まで投げるなり転がすなりしなければいけません。もちろんその練習は私たちが責任を持って強制するのでご安心を」


 そこまで説明を終えたところで、プシュッと蒸気を吐くような音を立てた球体の加圧部がゆっくりと戻っていき、最終的に元の球体として収まっていった。


「さて、ここで最初の質問に戻りましょう。これだけで全ての生きている罠に対応できるか。答えは、ノーです」


 質問をくれた生徒に答えを返すため男は目線を合わせ、しかし彼女の続けざまの質問を許すことなくすぐに続きを口にする。


「投擲の難易度こそ上がりますが、加圧球は追加装備として吸盤を付けることで対応できる幅を広げることができ、対処が難しいそうな壁や天井に設置された加圧式の罠には対応することができます。しかし、一方で加圧球では対処できない罠として振動感知式の罠が挙げられます。圧力ではなく揺れによって作動するこのタイプの罠のように、加圧で対処することができない罠にはほぼ無力と言ってもいいかもしれません」


 そう笑顔を浮かべながら男は話題に出た吸盤を取り出した。散々派手な道具を用意してきた割には普通の吸盤だ。


「さて、少し短めにはなりましたが今日の授業はここまでとします。道具の説明は次で最後にしようと思っていますのでどうかお楽しみに」


 終わりと聞いて最後にまた何かを言い残すのかと警戒する生徒たちを他所に、男は何も言わず、ただ少しの笑顔を残して教室から出て行ってしまった。

 

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